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続・龍馬伝 (32)松前攻略戦


龍馬伝第4部タイトル(雲の



蝦夷地に馳せる夢。
榎本の頭は、ロマンに満ちていました。


まずは、最初の冬を無事に越すこと。
年が明けたら、やはり明治政府との交渉に入らねばならない。
彼らとの戦闘は極力避けつつ、1年もたせる。
数年も経てば、地元地域との関係も密着になり、その地に根を下ろすこともできよう。
やがては、数十年、いや数百年と続く、徳川の世に劣らぬ平和な国家を築きたい。




そのための拠点をどこにするか。
それは、榎本たちにとって最重要事項でした。
防衛に適し、箱館にも近く、しかも新しい国家を象徴するような施設。
すでにある城郭に彼は狙いを定めていました。


五稜郭


近未来を連想させる、五角形の美しい幾何学構造。
それぞれの5つの角に均等に並んだ砲台は、どの方角から敵が攻めてきても砲火を浴びせることができ、全く死角のない配置になっていることが分かる。
郭内には天守閣のような建物は一切なく、平らな姿をしているため、敵の軍艦が函館湾深くに侵入しても、発見されにくく、艦砲射撃の標的になりにくい。


現在の五稜郭
(現在の五稜郭)


それまでの日本の城郭の常識を覆す、日本唯一の洋式要塞。
設計者は武田斐三郎(あやさぶろう)。榎本や大鳥もよく知る仲でした。






箱館府が逃亡したため難なく五稜郭を手に入れた榎本軍は、休む間もなく、陸軍部隊を半島の西側に移動させます。
渡島(おしま)半島西部。現在、松前半島と呼ばれている地域こそが、松前藩のテリトリーでした。
松前藩は突然やってきた榎本の和睦提案を拒絶、交渉は決裂していた。
そこに、殴りこみをかけようというのです。


松前城周辺---Yahoo!ロコ



土方歳三。
久しぶりの本格的な戦闘に、心が踊っていた。


戦。血の匂い。
戦場こそが自分の生きる場所であり、死に場所である。
自分の命が輝ける唯一の場所。
そして、輝き尽きたときに、自分は死ねる。



土方の気迫が兵士にも乗り移ったかのように、土方隊は敵を次々と撃破、わずか数日で松前城まで追い詰めます。
それでも松前藩は、城に兵力を温存しており、徹底抗戦の構えを見せていました。


松前城


かつて徳川幕府が外国勢力に対する北方防衛の拠点のひとつとして建築された城だけあって、その防衛能力は綿密な計算の上に成り立っています。
陸上からの攻撃には、旧来の築城技術をもとに掘で固め、海上からの艦砲射撃に対しても、砲台を城の内外に築くことによって反撃を可能にしていたのです。


陸軍と海軍の連携。
それによって初めて攻略が成し得る城であり、榎本軍の真価が試される戦闘でした。
まずは土方の陸軍が、城の近くの丘を占領し、そこを砲兵陣地とします。その丘から松前城の外側にある海岸寄りの砲台を撃ち下ろし、沖合いからの艦砲射撃を可能にする。

陸軍の作戦遂行を見届けた上で、砲撃の脅威のなくなった回天・蟠龍の2隻が海上から接近、松前城に向かって強烈な艦砲射撃を加えます。
艦砲射撃によって城の防衛能力が低下したところを見計らい、土方隊が防備の手薄な城の裏手から侵入、陸上と海上からの波状攻撃を受けた松前城はついに落城、松前藩の残党は奥地へと逃げてゆくことになります。


土方はさらに残党を狙う。
猟犬のように、血の匂いをかぎつけて、どこまでも追ってゆきます。






その頃…榎本は、松前から箱館に戻っていました。
彼には、松前藩の攻略以上に重要なことをせねばならない使命があった。

実は、箱館にいる外国の領事館が、榎本一行をどう扱うのか、決めかねていたのです。
彼らの本国への報告次第では、榎本らは単なる反乱軍となってしまいます。

Neutrality(局外中立)

外国にそのことを認めさせ、かつ、自分たちを正式な独立政府として承認させる。
榎本が留学中に培ってきたすべての国際知識は、この時のためにあるといっても良かった。
彼にしかできないことだったのです。


榎本が最初に取った行動。
それは、開陽を箱館湾に浮かべ、領事館に向けて豪快に空砲を放ったことでした。
仮に実弾であれば、領事館は木っ端微塵に粉砕されていたでしょう。
榎本は、ヨーロッパで学んでいたのです。


外交の力とは所詮、武力である。
どれだけ崇高な理想を掲げ、正義を訴えたところで、一発の砲弾で吹き飛ぶ。
軍事力を背景に交渉を行うことが、外交交渉を有利に進める唯一の道である。



各国の領事館の中で、一番の厄介者はイギリスでした。
薩長政府に特に肩入れしているこの国は、榎本軍はあくまで反乱軍であり、箱館を占領する権利はないと強硬に反対し、フランスやロシアに対しても根回しをしていたのです。
イギリス領事に対し、榎本は、毅然と反論を述べます。


ある国内で内乱が起こった場合、諸外国は中立を守らなければならないと聞く。
内乱軍が国内のある場所を占領した場合、その場所は対外的には占領軍に属するともある。
よって、箱館及び箱館港は、榎本軍が占有・封鎖する権利をもつ。
これはすべて、国際法によって定められてある明白な事実である。
イギリスが近代国家である以上、その遵守を求められると思うが、如何いたす所存か。



反論すれば、イギリス領事館は早晩にも開陽の艦砲射撃に晒される。
軍事・法律両面から、文句のつけようのない説得に遭い、ついにイギリスが折れます。
それは、欧米諸国が榎本らの独立政府を認めたことを意味していました。

De facto authority(事実上の政権)

ようやく、独立国家の第一歩を踏み出したのです。
この日、榎本は久々の高揚感を味わっていたことでしょう。






同じ頃、土方は、松前の敗残兵を江差にまで追い詰めていました。
榎本軍は、半島の制圧をほぼ確実にしていたのです。

あと一歩。
彼らを蝦夷から完全に駆逐すれば、蝦夷に敵はひとりもいなくなる。
榎本軍は本格的に蝦夷の防備に専念でき、新政府軍との交渉・交戦に備えられる。


あと一歩・・・


榎本は、大事をとって江差の援護射撃に開陽を回すことを決定、旗艦・開陽は、江差へと向かってゆきます。
―そこに、最大の悲劇が襲うことになるのです。







(主な参考資料)
箱館戦争―北の大地に散ったサムライたち
幕末史(半藤一利著)
図説・幕末戊辰西南戦争―決定版 (歴史群像シリーズ)
一冊でわかるイラストでわかる図解幕末・維新―地図・写真を駆使 超ビジュアル100テーマ オールカラー (SEIBIDO MOOK)



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