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続・龍馬伝 (16)宇都宮城攻防戦


龍馬伝第4部タイトル(雲の



龍馬のいない龍馬伝。
舞台は、江戸周辺から北へと移ろうとしていました。



坂本龍馬が目指していたもの。
それは

「倒幕派と佐幕派の融合」

その唯一の道として、多くの人が夢物語だと嗤っていた「大政奉還」を現実のものとして成し遂げた。
しかしその行為は、お互いを敵対視する両陣営から疎まれる結果となり、ご存知の通り、龍馬暗殺の黒幕はいまだにナゾにつつまれたままです。


龍馬が生きてその志を全うしたならば、恐らく起こり得なかったであろう、無益な内戦。
彼の意に反して討幕派・佐幕派はお互いに敵意をむき出しにし、遂には、抜き差しならない事態にまで発展してしまいました。
序盤の4ヶ月は終始討幕派がリードし、江戸城という幕府の「本丸」を占領。
日本の3分の2を実効支配した討幕派は「新政府」として、そのまま日本の主として君臨するかと思われましたが・・・
思わぬところで、反乱の狼煙が上がるのです。


『続・龍馬伝』 第2部


では、戊辰戦史上最も多くの血が流れた「会津戦争」など、後半の流血の歴史を辿ってゆきたいと思います。

________________________________________________________


【第16回】宇都宮城攻防戦


江戸城無血開城から1ヶ月前の、慶応4年3月14日。
東征軍による江戸城総攻撃を前日に控え、江戸足下で勝と西郷の運命の会談が開かれていた頃。
京では、別の大きな政治的な動きがありました。

薩長が中心となり、大名や公家などの諸勢力を自分のコントロール下に置くため、明治天皇が神々に誓うという形で新政府の基本方針が発布されたのです。
現代でいうと、憲法の基本理念のようなものです。


『五箇条の御誓文』


1.開かれた会議の、幅広い議論によって政策を決めるべきである
2.皆が一致団結して、経済を盛り上げるべきである
3.官民がそれぞれ国家のために志を遂げるべきである
4.古いしきたりを打破し、天下の公道に基づいた政治を行うべきである
5.世界の智慧を集め、天皇中心の国家を建設すべきである



起草者は、越前藩出身の新政府参与・由利公正(ゆり・きみまさ)。
龍馬の良きアドバイザーでもあった彼は、西欧先進国にも匹敵する、民衆に開かれた政治を実現すべく、革新的な理念を打ち立てます。
その原案は、かつて龍馬が世に問うた新国家案である「新政府綱領八策」にも引けを取らない内容だったと言われています。

しかし、新政府の重鎮がそこに待ったをかけます。
彼らの目的は、民主主義を実現することでなく、全国の諸勢力への求心力を高めることだったからです。
その目的に沿って修正された結果、当初の理念は形骸化し、あくまで「天皇が自ら発布する」という形のみが重んじられることとなりました。
当時の新政府の、これが限界といえば限界だったのかも知れません。

さらにその翌日、民衆に対しては、犯罪やキリスト教の禁止などを謳った「五榜の掲示」なる高札が立てられます。
「民法」の基本項目、のようなものでしょうか。
それらの法令ををもとに、産声をあげたばかりの明治政府は組織づくりを行ってゆき、そういった政治的な動きが御所内で行われている最中に、東の江戸では、無血開城が行われたのです。





法律ができた。
組織も固まってきた。
敵の主要な軍事施設を落とし、総大将を謹慎させた。
あとは、各地に散らばる不満分子を、ノミを潰すように、ひとつひとつ潰してゆくのみ。
いわゆる


残党狩り


事実、無血開城前日までに、降伏を是としない骨のある家臣たちは江戸城を次々に脱走し、数々の集団を作っていました。
そのひとつが、下総の国府台に集まった集団。
およそ2000。中規模の戦闘なら行えるレベルです。
その中には、伝習隊の兵士も混じっていました。

伝習隊―幕府滅亡の数年前に、フランス軍事顧問団による直接指導を受けた、西洋式陸軍部隊です。
幕府陸軍の精鋭集団で、虎の子の部隊でした。

これら残党軍の求心力となったのが、伝習隊指揮官でもあった、この男でした。


大鳥圭介
(『新選組!!土方歳三最期の一日』より)


譜代の臣ということでなく、幕府崩壊の3年前に幕臣になった、少々変わり者。
根っからの軍人らしく、江戸での話し合いでは徹底抗戦を主張、勝海舟と袂を分かち、江戸を脱走したのです。

彼を中心とする一隊は一心不乱に北上を始めます。
目指すは、徳川の聖地・日光。
神君家康公が祀られてあるこの地を拠点にして旧幕府勢力を糾合すると同時に、その背後にある東北諸藩の援護も得て、新政府軍の北上を阻止する一大防衛拠点とする狙いがありました。

その前に立ちはだかるのが、関東の北の拠点・宇都宮城。
彼らが日光へ渡る出入口を完全に塞いでいました。


日光周辺の地図---Yahoo!地図


当初、新政府はこれらの動きを軽視していました。
所詮は負け犬の遠吠えで、その気になれば赤子の手をひねるようにいつでも握り潰せる、とタカをくくっていたのです。
残党は残党らしく、近くの藩によって、落ち武者狩りのように朽ち果てるがいい。
その程度に思っていた。


しかしその残党は、朽ち果てるどころか、猫を噛む窮鼠のごとく、死に物狂いで北上。
主要な街道を通らず、間道から神出鬼没に現れるゲリラ戦闘に、為す術なし。
余裕をかましていた諸藩の軍隊を次々に撃破し、ついには、宇都宮城にまで迫ります。

―実は、この快進撃の影には、あの男の存在がありました。
この男も、死に場所を求めて国府台にやって来ていたのです。


土方歳三


苦楽を共にした旧友・近藤勇を失い、それでもこの男は、戦う意思を失っていませんでした。
近藤の残した想いと共に、旧新選組の敗残兵を引き連れ、大鳥隊に合流します。

土方隊の参加により、作戦のバリエーションを増やした旧幕府軍。
大鳥・土方2隊による東西2方向からの挟撃作戦により、ついに、宇都宮城を陥落させるのです。
地上から消えたはずの、徳川の葵の御紋が、彼らの頭上に燦然と掲げられます。



葵の御紋200



徳川の旗を見て、大鳥や土方は何を思ったのか。
また、何を誓ったのか。

大鳥はもともと緒方洪庵の適塾塾生であった知識人。
そののち、江戸で軍学を収め、3年前に幕臣に取り立てられています。
土方は、ご存知のとおり、新選組を立ち上げ、京の町で暴れ回った。
幕臣になったのは、ほんの1年前です。

いずれも、わずか数年の、徳川家からすると新参の臣。
しかし彼らには、共通の想いがあったのではないか。


「忠臣は二君に仕えず」

確かに自分たちは、徳川の禄を食んで数年ではあるが、自分の親、そのまた親…と、先祖代々平和に生き長らえることができたのは、間違いなく徳川将軍家があったなればこそである。
されば、徳川家に対しては数代に渡っての恩義となろう。
わずか1、2年の世相を見て有利な方に鞍替えし媚を売るのは、不忠者のすること。
自分たちは断じて、そのような不倫武士にはならぬ。






4月23日。
ようやく、事態の深刻さに気付いた新政府軍。
すぐさま、宇都宮城に奪還部隊を派遣します。
遅らせながら本腰を入れた新政府軍によって、補給路を持たない徳川残党軍は敗退、後方支援基地を求めて、北に撤退することになるのですが…
予想外の徳川の反乱に、新政府側は虚を突かれました。



旧幕府軍、反旗の狼煙。
そしてこれが、流血の東北戦争へとつながってゆくのです。







(主な参考資料)
幕末史(半藤一利著)
図説・幕末戊辰西南戦争―決定版 (歴史群像シリーズ)
一冊でわかるイラストでわかる図解幕末・維新―地図・写真を駆使 超ビジュアル100テーマ オールカラー (SEIBIDO MOOK)



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おはようございます

2011/07/08(Fri)10:44

いよいよ第2部の始まりですね。
いつも詳しい地図がとても参考になります。

歴史小説とか読んでも昔は地図まではね~載せていなかったと思うのでいい時代になりました。なんでも直ぐに探せちゃう(笑)

「土方歳三最期の一日」くらいは見とくんでした。
山本耕史さん「ひとつ屋根の下」以来好きな俳優さんなのに。

私の父は戦争体験者です。
戦は補給戦だと言っていましたよ。
物資が届かなければそれでおしまい。負け戦です。

***

プライベートな事で恐縮なのですが、頭の中が発表会モードになりまして、なんの発表会かは内緒です(笑)
来年の1月には終わります。
忙しくてこちらに訪問する回数が減るかもしれませんが必ず拝見しますので…といいながらガンガンコメント入れるかもしれないですが^_^;

名前:エム (URL編集

Re: おはようございます

2011/07/09(Sat)00:38

> 歴史小説とか読んでも昔は地図まではね~載せていなかったと思うのでいい時代になりました。なんでも直ぐに探せちゃう(笑)

そうですね。
ただ、本を読んでいるときに地理感覚が分からなくても、手元にパソコンがなかったりめんどくさかったりすると、結局はよく分からないまま読み飛ばしてしまうんですよね。
自分自身が本を読んでいて、「ここに地図があったらなぁ~」と思うことが多々あったので、自分が書く記事には、そういった思いをしないで済むよう、地図を入れている次第です。
あとで自分が見返すときにも役に立ちますしね。


> 私の父は戦争体験者です。
> 戦は補給戦だと言っていましたよ。
> 物資が届かなければそれでおしまい。負け戦です。

補給ラインは、文字通り命綱ですよね。
特に銃戦となると1回の戦闘であっという間に弾薬が底をつきますので、継続的な弾薬補給ができるかが支配地を確保し続けることができるかの分かれ目になりますよね。
(もちろん、食料もですけど)


> プライベートな事で恐縮なのですが、頭の中が発表会モードになりまして、なんの発表会かは内緒です(笑)
> 来年の1月には終わります。
> 忙しくてこちらに訪問する回数が減るかもしれませんが必ず拝見しますので…といいながらガンガンコメント入れるかもしれないですが^_^;

来年の1月とは、長期戦ですね!
発表、頑張って下さい!!
何もできませんが…(笑)でも、応援していますので。

ブログは、年末の『坂の上の雲』までは更新回数も少なめで、のんびりになると思います。

名前:TV-Rocker (URL編集

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