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柴田勝家の戦史


今週の『江』は、歴史の針はほとんど進まず。
信長葬儀の話だけでもあるのかと思っていましたが、秀吉が「やりたいのう♪」と言っただけで、次回に持ち越し。
そういうこともあり、「今週は関連記事書かなくていいかなぁ…」と思っていたのですが、何にもないというのも寂しいですし、いろいろ考えていて、思いつきました。

柴田勝家です。
次回の予告でも、江に「戦はしない」と約束する(?)ようですし、このままでは製作者の意図にはまって、平和主義者に仕立てられそうな予感。
まったく、ヤなドラマですリラックマ18「もやもや」


今回は、彼の実像を知ってもらおうと思い、記事にしました。
来週以降、歴史が進んだら、また関連記事書いていきますので、よろしく。





柴田勝家の戦い
(今回の記事の関連地図です。地名・城名はここで確認して下さい)



本能寺の変の7年前足らずのこと。
天正3年9月、越前一向一揆がほぼ殲滅され、越前が平定された後、ひとつの布告が発布されます。

「越前国掟」
(えちぜんくにおきて)



発布者は織田信長。
そこに書かれていたのは、いわゆる「越前の占領方針」


信長アップ(越前国掟)


柴田勝家らを占領軍として越前に乗り込ませる。
ただし、占領下の行政方針については、信長にその決定権がある。
国掟の最後には「自分のいる方角に足を向けて寝るな」という信長らしい一文もあり、あくまで自らを統治者とし、自分に絶対服従するよう言い含めています。


実はここに、信長の統治戦略が見え隠れしています。

古来より「武士」と「土地」は切り離せないものであって、武士は主君に尽くすことにより、その土地の権利を認めてもらう。
自分の土地を守るために武士が命を懸けることから「一所懸命」という言葉が生まれたことでも、武士と土地のつながりがいかに強固なものであったかがうかがえます。
これは逆に言うと、その土地の行政権はあくまで土地所有者の武士に委ねられ、主君はそこに口出しすることはできない。
必然的に、分割統治となります。

対して、信長は土地を与えるのでなく「預ける」だけにした。
越前も、勝家らは、主君・信長から土地を「預かった」だけで、その支配権はあくまで統治者の信長にあるのです。
土地と武士を切り離し、その土地の行政権は、あくまで主君である信長が握る。
越前ではテストケース的に適用したのだと思いますが、それを全国に広げてゆけば、信長の行政権が全国に及ぶことになります。
信長が中央集権国家を目指していたと僕が思う理由のひとつです。

________________________________________________________

さて、ここからが今日の本題です。



柴田勝家アップ


前述の、信長の壮大な統治計画。
その実験場である越前に送られた勝家とは、いかなる人物なのか。
彼は、信長の父・信秀の代から織田家に仕える古参の臣下です。
「鬼柴田」などの豪快な異名から想像がつくように、織田家臣の中でも1、2を争う武勇に優れた人物にして、信長政権下の筆頭家老を務めるほどの重臣。
信長は、もっとも頻繁に戦が起こるであろうこの地に、この随一の戦上手を派遣するのです。



ここに、柴田勝家を総司令官とする

北部方面軍

が誕生します。
彼らは越前の領土防衛だけでなく、領土の拡張という重大な使命を信長から帯びていました。
まず攻略目標にしたのは、隣国である加賀。
越前と同様、一向宗(浄土真宗)の勢力圏でした。


○手取川の戦い


当初、加賀の一向衆との争いは、一進一退、遅々として進みませんでした。
北部方面軍1万をもってしても、総本山(=石山本願寺)の支援のもとに死を恐れずゲリラ活動を展開する一向宗は、倒せども倒せどもアリのようにとめどなく湧いてくる不気味な強さをもっていたのです。
さらに、勝家を震撼させる情報が飛び込んできます。
自らを毘沙門天の化身と言い、「軍神」の名を欲しいままにしてきたあの上杉謙信が、越後から加賀へと南下してくるというのです。

北部方面軍だけではとても太刀打ちできないと判断した信長は、援軍を派遣。
丹羽長秀・羽柴秀吉・滝川一益を加えた信長のオールスター軍団3万で迎え撃ちます。
のちに秀吉が勝家と意見の対立から戦線を離脱しますが、強力な援軍を加えた織田北部方面軍が軍勢の上では優位に立っていました。
両者は、加賀を南北に分断する「手取川」で激突します。

手取川の戦い500
(クリックすると3倍に拡大します)
※『天地人』第8話より


手取川での謙信の鋭い攻撃の前に、北部方面軍は為す術もなく惨敗。
それでも勝家は軍を持ち直させ、加賀の南半分への侵入を許しませんでした。
翌年3月、上杉謙信は急死。
信長がもっとも恐れた武田信玄・上杉謙信が相次いで死去したことで、信長の天下統一を阻むことのできる武将は事実上、いなくなったといえます。


○加賀一向宗の殲滅


謙信のいなくなった加賀で、勝家は徹底した一向一揆への弾圧を行います。
「一向宗」と名乗る者はひとりも残らず殲滅させる。
「根切り」と呼ばれ、関わった者すべてを女子供の区別なく皆殺しにする、無差別殺戮。
越前や伊勢の一揆鎮圧で信長が用いた方法を勝家も踏襲したのです。

彼のとった方法は、戦国の世らしい卑劣なものでした。
この当時、浄土真宗の総本山である石山本願寺は、10年の防衛戦争の末ついに信長に降伏。
降伏の決め手となったのは、信長が「講和」という温和な条件で信者の命とその信仰を保証したからでした。
この結果、全国の一向門徒は本山の支援を失い、散発的な活動を余儀なくされてしまいます。
その弱みに、勝家はうまくつけ込んだのです。

勝家は、彼らに講和を持ちかけます。
「知っての通り、本山は降伏したが、信長公は寛大な措置により信者の命と信仰を保証された。
 われわれも鬼ではない。あなた方が信仰のみに生きたいと願うなら、それを認めてもよい。
 その条件を、ぜひ話し合いたい」
甘い言葉で彼らを誘惑し、てっきり講話条件が結ばれるのだと信じて勝家のもとに来た一揆の指導者を待ち伏せ。
彼らを根こそぎ殺してしまうのです。
殺された一揆の指導者19名の首は、安土に運ばれ、城下に晒されました。
残された一揆衆のうち、反抗するものは容赦ない殺害の対象となり、ここに、加賀の一向一揆は鎮圧されるのです。



加賀一向一揆を平定した勝家は、その刃(やいば)を上杉氏へと向けてゆきます。
稀代のカリスマ・謙信が亡くなり、跡継ぎをめぐる内紛争いに揺れる上杉氏は、もはや北部方面軍の敵ではありませんでした。
加賀の北半分を回復すると、そのままの勢いで上杉支配下の越中に進軍。
本能寺の変直前には、越中の拠点・魚津城を囲むほどに侵攻していたのです。

________________________________________________________


お分かりいただけたでしょうか。
柴田勝家は、決して、貝合わせ(今でいう神経衰弱)が得意だっただけの武将ではないのです。(当たり前ですが)
信秀時代から含め、彼の生涯はまさに「戦につぐ戦」
もちろん、ドラマの脚色上「戦はせぬ!」と言ってもいいのですが(あえてここは妥協します)、戦をイヤというほど経験した勝家が言うのだ、という背景がなければ、単に争いごとが嫌いな弱虫のセリフとしか受け取られないでしょ?

戦争を知らない現代の私達が「戦争はいやだ」というのと、戦争を経験した方々が「戦争はしてはいけない」と言うのとでは、その重みに雲泥の違いがあるのは言うまでもありません。
もし次回の『江』で、この記事に記したような勝家の背景を全く抜きにしてこのセリフだけが独り歩きするようなら、僕は間違いなく批判の嵐を起こしますので、その時は覚悟しておけ





(主な参考資料)

戦国合戦大全 (下巻) (歴史群像シリーズ (51))



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いつも拝見しています(^O^)

2011/03/03(Thu)21:35

どうも、こんばんは('-'*)はじめまして、いつも貴方様の記事で勉強させてもらってるしずくといいます。

このサイトの記事の方が今の大河もどきドラマより面白いです。まぁ「アレ」の記事でほぼ、同じ想いを抱いている者です。

またコメントすると思いますがこれからよろしくお願いします(^-^)/

名前:しずく (URL) 編集

Re: いつも拝見しています(^O^)

2011/03/04(Fri)02:11

しずくさん、( ^-^)ノ(* ^-^)ノこんばんわぁ♪
いつも見ていただき、ありがとうございます。

『大河もどきドラマ』って、皮肉たっぷりのいいネーミングですね☆
「このサイトの記事の方が面白い」というお言葉は本当にうれしいです。ありがとうございます!
ただ、それだけ今の『もどき』がツマラナイというか、大河ファンを失望させているということですよね。


たまにでもこういったコメントがあると、皆さんに多少なりとも役立てていることを実感でき、次の記事を書く原動力になります。
これからもよろしくお願いしますm(._.)m

名前:TV-Rocker (URL編集

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