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山崎の合戦(3)~天王山の決戦~


備中高松から姫路、そして尼崎を通り、そのまま淀川西岸沿いに山崎から京へ抜ける。
秀吉の取ったこのルートは、西国街道(=山陽道)を一目散に進むルートであり、京への最短ルートです。

「一分一秒も急ぎ光秀を討ち、主君・信長公のかたきを討つ」
その決意を信長の遺臣たちに見せつける、秀吉のパフォーマンスでもありました。


対する光秀は、そのルートを塞ぐようにして進軍。
両者が出合ったのが、大阪と京都の玄関口、山崎。
天王山の麓(ふもと)のこの地で、信長没後の覇者を決定する決戦が行われようとしていました。


天王山の決戦



山崎。
現在は「天王山トンネル」が天王山を貫通していますが、それでも、この付近はたいがい渋滞しています。
まして、そういったものもなかった当時、山崎の地はいわば、大阪平野と京都盆地という、人口の2大密集地の間にある、ひょうたんのくびれのような存在でした。


大阪平野と京都盆地500




明智光秀も、信長のナンバー2を争うほどの、極めて優れた武将。
そうやすやすと首を差し出したわけではありません。

光秀は、この狭き道を利用して、ある作戦を考えていたと言われています。
どれだけの大軍でも、狭い道を通るときには少人数にならざるえを得ない。
そこを狙い撃ちし、各個撃破してゆけば、十分勝算はある。

山崎の合戦1

山崎の合戦2


この結果の成否は、背後にそびえる山・天王山にありました。
この地を押さえたものが、麓の街道をもコントロールできる。
両者の勝負の分かれ目が、天王山の制圧にかかっていたのは戦略的にも明らかでした。
山崎の戦いが「天王山の戦い」とも言われ、今日、スポーツなど様々な場面で大勝負のことを「天王山」と呼ぶようになったのは、ここに起因しています。

すでに日は落ち、あたりは闇につつまれていました。
光秀は、軍勢の一部を天王山に向かわせ、この地を押さえるべく、松明を持たせ軍勢を進めます。



…しかし、秀吉もまたそれを読んでいました。
いち早く、地元の地理に明るい中川清秀の部隊を現地に派遣します。
彼らにとって摂津周辺は庭のようなもの。
松明も持たずにスイスイと天王山を登り、いち早く、天王山の占領を成功させるのです。
光秀の軍は、その素早い動きに、為す術もありませんでした。

これにより、秀吉軍は隘路(あいろ)を切り抜け、その先に広がった一帯に布陣をすることに成功します。
光秀軍とは、円明寺川(現・小泉川)という小さな川を挟んだ向かい。
この時点で、秀吉の勝利はほぼ確定したと言ってもいいでしょう。




翌、6月13日。
両軍は円明寺川を挟んで布陣します。


山崎の布陣500
(クリックすると3倍に拡大します)


(※)ちなみに、この場面のみ、『江』では映像化されていました。
   この前の展開も、この後の展開もスルーして、ここだけです。


秀吉は正午に富田で軍議を開いたあと、夕方、全軍突撃を下知。
中川・高山・池田の摂津勢、さらに堀秀政の軍勢…と立て続けに繰り出される秀吉勢の前に、布陣でも兵力でも劣る光秀軍は総崩れになり、四散しながら退却。
明智光秀自身は、本拠地の坂本城(現・滋賀県大津市)に戻る途中に農民の襲撃を受け、深手を負った光秀は無念の自刃を遂げます。

のちに坂本城は堀秀政によって包囲され陥落、明智の勢力はここに歴史から姿を消すことになるのです。




6月16日。
羽柴秀吉は、信長の居城であった安土城に入城。
故君・信長の仇討ちに成功したことを全国に宣言することになります。



…しかし、これで秀吉が信長の唯一・正当なる後継者として、全国統一の権利を得るのは、まだ早い。
旧信長筆頭家老である柴田勝家はじめ他の有力な信長遺臣、さらには信長同盟者であった徳川家康など、ライバルは多い。
秀吉の力が真に試されるのは、ここからなのです。





(主な参考資料)
その時歴史が動いた 「天下分け目の天王山」 ~秀吉・必勝の人心掌握術~(2000年)

戦国合戦大全 (下巻) (歴史群像シリーズ (51))



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