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「坂の上の雲」 第7話「子規、逝く」感想


ただただ感動した…



今回は今までで一番良かったかも。
第1話、第2話あたりも良かったのですが、今回は個人的にはそれを越えました。


まだまだ良い句が…


実は、原作である小説『坂の上の雲』では、子規の死は驚くほどアッサリと書かれています。
司馬遼太郎さん自身が歴史作家であり、事実を分かりやすく描くことは得意な反面、このようは叙情的なシーンはどちらかといえば苦手なんだろうと思います。もしくは、そういうのを描くことが目的でないと割り切ってすぱっと削ぎ落としている。


それを見事な創作で感動的な叙情物語に仕上げました。
ほとんど神業です。


たとえば、上のシーン。
原作ではロシアとの戦争の話に始まり、真之の今までのいつもの見舞いと同じようなイメージで書かれています。
しかし、真之にとっては子規との最後の別れとなるシーン。
「オレはまだまだ死なん。自分にはやるべきことがあるんじゃ」みたいな、ありきたりのセリフなら誰でも思いつくのですが、
「まだまだええ句が浮かんできよるんじゃあ」
こんなセリフ、考えて出てくるもんじゃないですよ。

子規の最期を演じるために半年かけて16キロ減量したという香川照之さんの迫真の演技と相まって、最高の名シーンでした。




兄さんは、どんどん俳句を読


創作シーンといえば、これもですね。
スタジオパークに菅野美穂さんが出演した時に言っていたように、
「原作では、律はほとんど登場しないんです。資料もほとんど残っていない」

ドラマで律を大きく登場させたことは、すごく良かったと思います。


「兄さんが元気になるまでは、結婚はせん!」と献身的な看病を続ける彼女。
ほんとけなげですよね。
それだけでも感動を呼ぶのですが、このシーンはそこにさらに一石を投じるんですよ。
「うちは、いかん妹なんじゃ」
もう死んでくれたらいいと思うことがある。もう十分じゃ、と。それなのに、兄さんは必死に生きようとする。
このシーンは、現代、介護をする人の気持ちを代弁するものでもあると思います。

僕自身はおかげさまで両親も健在で、人を介護する経験はないのですが、将来、自分が両親の介護をすることがあれば、その時になって初めて律の気持は痛いほど分かるのではないかと思います。
その時は、もう一度このシーンを見返してみようと思います。




子規の死


そして、とうとうやってくる子規の死。
それまでも涙腺ゆるみがちだったのですが、「Stand Alone」の音楽が流れてからもうだめでした。
律の「兄さんをいじめる奴は、うちが許さん」のセリフあたりから涙がぽろぽろと流れてきて、子規のいろんなシーンが思い出せれ、一度目を閉じ、涙をふきました。
感動のクライマックスシーンでした。


考えてみると、このシーンを描きたかったから、小説では看病のもう一方の主役である高浜虚子をあえてはずし、律の看病を強調したのですね。
第6話「日英同盟」の感想で高浜虚子の看病のシーンがなかったことを批判しましたが、それは吹き飛んでしまいまいた。
やはり最後まで見ないと分からないものですね。



その他にも真之の孝行のシーン、海軍兵学校のシーン、そして、好古の豪傑ぶりを発揮したシーン、など、名場面はたくさんありましたが、今回はあえて割愛させてもらいます。
それぐらい、子規の死に至る一連の場面は至宝といっていい演出だったと思います。




(主な参考資料)
坂の上の雲〈3〉 (文春文庫)



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