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「坂の上の雲」 第6話「日英同盟」感想


いよいよ始まりました第2部!
ラインナップを見てみると…

第6話 日英同盟
第7話 子規、逝く
第8話 日露開戦
第9話 広瀬、死す




日露戦争の開始から、旅順口閉塞作戦までを描くとみた。
(というか、タイトルのまんまですね)
小説でいうと、第3巻の終わりぐらいまででしょうか。

________________________________________________________


さて、記念すべき第2部の1回目が今夜、ありました。
まず最初に飛び込んでくるのが、イギリスで建造中の戦艦朝日の雄姿。


戦艦朝日


真之と広瀬の再会シーンをバックに、ナレーションが入ります。


日本人は、大げさにいえば飲まず食わずでつくった。


小説では、さらに、このように続きます。


その日本海軍の設計者が、この建艦計画当時やっと海軍少将になったばかりの山本権兵衛である。エネルギーは国民そのものに帰せられるべきだが、日本海軍の設計と推進者はただひとりのこの薩摩うまれの男によって帰せられねばならない。
  (『坂の上の雲』第3巻より)



日露戦争時には国家予算の50%にものぼった軍事予算。
現在でいうなら、考えられないことですね。
当然、税金から還元されるべき福祉や保障のたぐいはほとんど一切出ないということになります。
その反面、前述の山本権兵衛が海軍において96名もの旧薩摩出身のクビを切り、最新のヨーロッパ流軍学を習得した若手のメンバーにすげかえてしまったことに代表されるように、思い切った改革を行うエネルギーに満ち溢れ、そこには現代の日本が戦後約60年の歳月でべっとりと染み付いてしまった特別会計、独立行政法人、天下り、など、日本のガンともいうべき予算の無駄遣いの問題は極めて少なかったとみるべきでしょう。
つまり、日本は若かった。
それと比べると、今の日本は過去の栄光をなつかしむ老人のようです。


現在、こんな予算を通そうとすると、暴動が起きるでしょうね。
この当時の民衆のエネルギーは、ほんとうに凄まじいものがあると思いました。
当時の日本人は、一丸となって、耐えた。


必死さ、一生懸命さ


というのは、ドラマに出てくる広瀬武夫や秋山真之だけのことではないのですね。
たしかに、広瀬武夫なんか、恋人アリアズナと接しているときでも眉間にシワを寄せて、「この人大丈夫かいな??」と思ってしまうほどまっすぐに国家のことを考えている男で、その一生懸命さが見る者の感動を誘うのですが…
そういったヒーローだけでなく、名もなき民衆の、国家の危機意識に基づいた「愛国心」という名の強烈なエネルギーが、この時代を支えたのだと知りました。

なんか自分が、こんな平和で恵まれた世界に生まれていながら、強烈な目標や意志もなく周りに合わせてだらだらと生きているのが恥ずかしくなるぐらいに。


そういう意味でも、この「飲まず食わずで…」のナレーションは印象的でした。





グマナスティ


今日の感動シーンは、広瀬とアリアズナ嬢の別れのシーンでしたね。
「グマナスティ」というロシアの言葉と、日本の武士道を引き合いに出し、「私達のように、日本とロシアが分かり合うことはできないのでしょうか?」と言ったアリアズナ…いいこと言うなぁ


ただ…欲をいえば、少しシーンが淡白だったかもリラックマ14「回転」


というのは、広瀬とアリアズナのシーンが前話から数カットずつで、じっくり描けていないんですよね。
恋敵のボリスが、広瀬を認めるようになった心の変化もすっとばされてしまったし。


それと、場面の展開が早い。
アッサリしすぎている。


たとえば、このふたりの別れを「龍馬伝」的に描こうとすると…
ふたりの会話の途中から切ない音楽がおもむろに流れだし、ふたりの遠くからのカット、さらにカメラは引き、そして、ロシアの空を写し、鳥が寂しく飛んでいる…
みたいな、意味のないシーンを流す余韻みたいなのがあるんですね。
その余韻で、「このふたりは、もう2度と再会することはないんだなぁ…」と見る側の心にもじーんと入ってくるものがある。


全体的に、すこし窮屈というか、ギスギスしている感じを受けてしまうのは僕だけでしょうか?


さらに欲をいうと、たとえば、今回初めて高浜虚子が出てきましたが、彼はもう少し早く出してほしかった。
子規の看病は、ドラマでは妹の律のみが主にしているように見えますが、実際は高浜虚子は尊敬してやまない自らの師・子規が発病したのちは実に献身的に看病してします。
律の看病が「兄弟愛」からくるものだとすれば、虚子の看病は「師弟愛」からくるものとして、時間をかけてきっちりと描けば非常に感動的なシーンになったと思います。



これらは、制作陣の責任というより、おそらく、時間的制約でしょう。
とにかく、放映時間の枠が少なすぎるのだと思います。
「この回ではここまで描かないといけない」
そんな脅迫観念に駆られながら編集をしているようなイメージ。

今回も、どのシーンを削り、どのシーンを入れるか、相当悩んだはずです。
原作『坂の上の雲』のイメージを残しつつも、単なる歴史ドキュメンタリーに終わらせないための、ギリギリの選択だったのではないでしょうか??


これだけの名作なのですから、時間枠の余裕をたっぷり使ってほしかった。

特別枠のドラマでなく、1年間の大河ドラマとしてじっくり描けばそれこそ不朽の名作になったのではないかと、今さらながら思ってしまう自分がいます。




(主な参考資料)
坂の上の雲〈2〉 (文春文庫)
坂の上の雲〈3〉 (文春文庫)



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