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「坂雲」第3話解説~大日本帝国憲法~


第3話はじめに描かれていた、憲法発布のシーン。


憲法発布


『大日本帝国憲法』

わたしたちはどうしても、現在の日本国憲法と比べてみたり、昭和の軍隊の暴走などから連想して、「ああ、これはまだ未熟な人たちが考えた、不完全な憲法だったんだ」という評価をしてしまいがちです。
しかし、それは、いつも僕が戒めている、現代の感覚での評価に過ぎません。

果たして実際はどうだったのか。
少し眠たくなるような内容(?)ですが、今回は、大日本帝国憲法を勉強したいと思います。




(1)憲法制定までの動き


憲法発布で中心的役割を果たした人たち。
たくさんいますが、あえてひとりを挙げるとすると、

伊藤博文


彼は単身、ドイツ・オーストリアに行き、当時のヨーロッパで一番勢いのある、ドイツ流の国家体制を学びます。

ヨーロッパの中でドイツを選んだのは、
1.ドイツ憲法が成文法なので真似しやすかったこと
2.日本と同じように、産業革命を興してまだ間もない新興国であったこと
3.プロイセン王国主導でドイツを統一した過程が、明治維新に似ていたこと
4.なんせ、ヨーロッパの中では田舎国で、イギリスやフランスのように偉そうでない
ことが、親近感を生んだのでしょう。


シュタインの絵図


この絵は、日本史の教科書・資料集などで見たことのある人がいるのではないでしょうか?
オーストリアのウィーンで、社会学者シュタインの講義を受けていたときのスケッチです。

国家を人体にたとえていますね。
政府が中心となり(この絵では象徴的に神になってますが)人民が支える構図。
その意味は「国家はいくつかの機関(=人体のいろんな器官)から成り、それぞれが役割を果たしてこそ、うまく運営される」という考え方です。
その設計図となるのが『憲法』なのです。

彼は帰国後、内閣制度を発足させ、自らが初代の内閣総理大臣になります。
そして、日本初の憲法の作成に取り掛かるのです。



(2)憲法の概要


枢密院にて完全に秘密裏に審議され、いよいよ発布された新憲法。
その中身は、どのようなものだったのでしょうか。


憲法の中身


明治憲法があきらかに近代憲法であることは、近代憲法にとって不可欠なものである三権(立法・行政・司法)の分立があることです。
そして、国民のある程度の自由は保証され、条件を満たした一部の国民には参政権も与えられました。
さらに、元になったドイツ憲法と大きく違う点。それは、同じく君主の大権を認めていながら、ドイツ憲法は「実行権」(=君主が三権を動かす権力)をもっていたのに対し、この新憲法では「輔弼(ほひつ)」という造語をつくり、三権に対して承認を与えるだけの存在であったということです。

天皇の権力を最大限に利用して徳川幕府を崩した明治政府が、天皇の大権を憲法で制限したことは、歴史の大きな転換点だと思います。
同時に、徳川封建体制から明治の中央集権による近代国家に生まれ変わる土台となったのです。
単なるヨーロッパ憲法の模倣にとどまらず、当時の日本の事情を考慮したオリジナルの憲法であったことも見逃せません。


さて、その制限された天皇の権力ですが、例外がありました。
それが「統帥権」、つまり、軍隊だけは三権から独立し、天皇の権力で動かせる。
これが抜け穴になり昭和の自爆戦争に突入する遠因になったことは、ご承知のとおりです。


司馬遼太郎さんは、日清戦争勃発の過程に触れ、『坂の上の雲』の中でこう述べています。

 首相の伊藤博文も陸軍大臣の大山巌もあれほどおそれ、その勃発をふせごうとしてきた日清戦争を、参謀本部の川上操六が火をつけ、しかも手ぎわよく勝ってしまったところに明治憲法のふしぎさがある。
 ちなみにこの憲法が続いたかぎり日本はこれ以降も右のようでありつづけた。とくに昭和期に入り、この参謀本部独走によって明治憲法国家がほろんだことをおもえば、この憲法上の「統帥権」という毒物のおそるべき薬効と毒性がわかるであろう。





(3)憲法の詳細


※ここからは少し細かい話になりますので、ご興味のある方はお読み下さい。


では上のようなことを、具体的にはどのように定めたのでしょうか。
大日本帝国憲法は全部で76条、全7章からなります。

第1章 天皇(1条~17条)
第2章 臣民権利義務(18条~32条)
第3章 帝国議会(33条~54条)
第4章 国務大臣及枢密顧問(55条、56条)
第5章 司法(57条~61条)
第6章 会計(62条~72条)
第7章 補足(73条~76条)



第1章 天皇


第1条 大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す

で始まる、大日本帝国憲法(明治憲法)。
「万世一系」とは、天皇は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の子孫である神武天皇から一貫して、天皇家が血縁で途切れることなく続いていて、今後も続いてゆきますよ、という意味。
天皇が国家の統治者なのです。


第3条 天皇は神聖にして侵すべからず

と、天皇の責任を法律上問わないことが明記され、これに権力が加われば、天皇の独裁権力となるのですが、


第4条 天皇は国の元首にして統治権を総覧し、この憲法の条規によりこれを行う

つまり、天皇の行為が憲法によって制限を受けることが明記されます。
これが『立憲君主制』の考え方。
つまり、天皇であろうと、憲法には逆らえないのです。
その上で、


第5条 天皇は帝国議会の協賛をもって立法権を行う

立法権、つまり法律を作ったり、いろいろな政治を行うには、議会の賛成がなければなりませんよ。
これにより、天皇が独断で法律や制度を変えたり、政治上の決定を行うことはできないことになります。
のちに議会が『議院内閣制』を主張する根拠にもなりました。
議会に承認権・拒否権がある以上、議会の決定が最高の決定になりますよね。
では、議会が閉会中など機能していないときはどうするのか?


第8条 天皇は公共の安全を保持シし、またはその災厄を避くるため、
    緊急の必要により帝国議会閉会の場合において法律に代わるべき勅令を発す
    この勅令は次の会期において帝国議会に提出すべし
    もし議会において承諾せざるときは、政府は将来に向かってその効力を失うことを公布すべし


「緊急勅令」といって、天皇は緊急の場合に限り、議会閉会中でも法律を出せたのです。
ただし、次の議会でその法律が否決された場合は効力を失う。
ここでも、天皇の命令は議会に制限されることになります。


第11条 天皇は陸海軍を統帥す

内閣や議会でなく、天皇が軍隊の指揮権をもつ。
軍隊だけは議院内閣制の範囲の外側にある、完全に独立した組織となるのです。
この条項は、もともとは、軍隊が政治に左右されないように設けられたものでしたが、前述のとおり、のちに軍隊の暴走を許す抜け穴にもなってしまいました。



第2章 臣民権利義務

『臣民』とは、天皇の支配の下にある国民、という意味です。
この中で、
兵役の義務・納税の義務・憲法の範囲内での言論や出版、集会や結社の自由
などを定めています。



第3章 帝国議会

2院制(貴族院と衆議院)から成る議会運営を定めています。
「貴族院」は、皇族・華族・多額納税者が入れます。
「衆議院」は、選挙によって選ばれた人が入れます。
特筆すべきは、

第37条 すべて法律は帝国議会の協賛を経るを要す

つまり、議会の同意がなければ、法律も予算も成立しませんよ。
国民の自由や人権も、議会の同意がなければ侵すことはできませんよ、と、議会優先の立場を明確にしています。




危うさを含みながらも、天皇と議会のバランスを絶妙にとった大日本帝国憲法。
こうして「明治国家」と「国民」が正式に生まれることになるのです。





(主な参考資料)
「明治」という国家(司馬遼太郎)
Wikipedia「大日本帝国憲法」
NHK高校講座・日本史「大日本帝国憲法」


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