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討幕の密勅


龍馬の人生・最大のヤマ場である「大政奉還」が迫ってきました。
いよいよ次回、楽しみです。

「大政奉還」前後の龍馬の動きはのちほど述べるとして、
今回は、対抗勢力の動きを見てゆきたいと思います。




イカルス号事件などが一段落して、龍馬が長崎から下関に向かっていた頃のことです。
木戸貫治と大久保利通が下関で話し合いを重ねていました。


木戸・大久保の会談



話し合いの内容は、

1.土佐藩は大政奉還か武力倒幕かで揺れ動いており、アテにできない

実はこの時期、すでに後藤象二郎が山内容堂に「大政奉還」の案を伝えていたのですが、藩内には乾退助・中岡慎太郎らを中心とする武力倒幕派も根強く、意見が割れていたのです。
ですので、いまだどちらに転ぶか分からない土佐藩はアテにすべきではない。


2.土佐に代わる勢力を味方につけるべきである

アテにならない土佐藩は無視してしまえということで、、薩土盟約の破棄が決定されます。
その代わりとして、地理的にも長州藩に近い安芸藩(=広島藩)を味方につけることに成功します。すなわち『薩長芸三藩同盟』の成立です。



下準備が整った薩摩。
次は、権力者に近づいてゆきます。
薩摩と朝廷を結びつけたキーマンが

岩倉具視


龍馬伝に出てこないのが不思議なくらい、この時期の政局を左右した重要人物です。
もっとも、彼は裏側でコソコソ動きまわった人物なので、大雑把な龍馬伝のドラマの風潮にはあわないのかも知れません。
しかし「歴史は常に闇の中で決定される」ものですよ。

岩倉具視の500円

(実は、500円硬貨が出来る前、500円札の肖像画になっていた人です)


彼に接近したのが、薩摩の大久保利通・品川弥二郎。
密室のなか、たった3人で話し合われたこととは・・・


1.幕府を武力で倒し、朝廷を政治の中心に据える。

2.討幕の総大将を小松宮彰仁親王(こまつのみや・あきひとしんのう)とし、新しい政治のトップを有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや・たるひとしんのう)とする。(2人とも有力な皇族です)

3.官軍(天皇の軍)の証明として「錦の御旗」を用意しておく。



といったことでした。



一方、土佐藩は龍馬の示した大政奉還論でようやく藩論がまとまり、山内容堂が徳川慶喜に大政奉還を建白します。
あとは、容堂の案を慶喜や側近連中がどの程度気に入るか。
これに慶喜が乗っかかった場合、歴史は一気に変わるおそれがある。
そうなる前に、すべての準備を整えねば。


龍馬が討幕連中に先を越されないか焦っていたのと同時に、討幕派も龍馬ら大政奉還連中に先を越されないか焦りに焦っていたのです。

それが感じられるのが、この手段。

先手必勝のための奥の手。「禁じ手」(反則)といってもいい行為。
それは、討幕を『天皇の命令』として出してもらうこと。


討幕の密勅



薩摩側から、小松帯刀・西郷隆盛・大久保利通。
朝廷側から、中山忠能(やかやまただやす)・正親町三条実愛(おおぎまち・さんじょうさねなる)・中御門経之(なかみかどつねゆき)。
これらが画策して、天皇の命令として討幕が下されます。


詔す。源慶喜、累世の威を籍り、闔族の強を恃み、みだりに忠良を賊害し、しばしば王命を棄絶し、遂に先帝の詔を矯めて懼れず、万民を溝壑に擠し顧みず、罪悪の至る所、神州まさに傾覆せんとす。
朕、今、民の父母として、この賊にして討たずんば、何を以て、上は先帝の霊に謝し、下は万民の深讐に報いんや。これ、朕の憂憤の在る所、諒闇を顧みざるは、万止むべからざる也。汝、よろしく朕の心を体し、賊臣慶喜を殄戮し、以て速やかに回天の偉勲を奏して、生霊を山獄の安きに措くべし。此れ朕の願、敢へて懈ることなかれ。



つまり「徳川慶喜は極悪人であり、朝敵である」ことを示し、「私(天皇)は日本のために、この賊を討つ」と宣言しています。
これが本当に明治天皇の意志であったのか。

実はこの勅命、先の公家衆3人が偽造したものなのです。
まだ幼い明治天皇は、何も知りません。



ニセの命令書を作ってまで、討幕にこだわった薩摩藩。
当時は当然、ニセモノであるとは気づかれていません。

この密勅が薩長両藩に出され、それを合図に討幕の火の手が上がる手はずだったのですが・・・


密勅が出されたちょうど同じ日に、慶喜が大政奉還を決定します。
挙兵間近の薩長両藩からすれば、試合開始のゴングが鳴ったと同時に対戦相手が棄権したようなものです。
出兵の理由を失い、振り上げたこぶしを虚しく下げざるをえませんでした。


この決定が数日遅れていたら、歴史はだいぶんと変わっていたものになったかも知れませんね。



(主な参考資料)
幕末史(半藤一利著)
一冊でわかるイラストでわかる図解幕末・維新―地図・写真を駆使 超ビジュアル100テーマ オールカラー (SEIBIDO MOOK)
[図解]坂本龍馬の行動学



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