< 2017年07月 |  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 2017年09月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 龍馬のにせがねづくり > 龍馬伝関係 > 龍馬のにせがねづくり

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

龍馬のにせがねづくり


幕末から明治にかけて、大流行したもの。
いろいろありましょうが、

にせがね(贋金)づくり


もそのひとつでした。

今でいうと、偽造硬貨とか、偽造紙幣ということになりますね。
最も熱心に贋金を作ったのは、薩摩藩です。
実は、大河ドラマ「篤姫」の第2話でも触れられていました。


その方法は、実に用意周到。
まず、薩摩藩から幕府に「薩摩藩の領内でだけ通用する銅貨を作りたい」と願い出ます。
そのお金(銅貨)というのが、「琉球通宝」なるお金です。

琉球通宝

次に薩摩藩は、「琉球通宝を作る施設です」と言って鋳造工場をつくります。
そして、もちろん、琉球通宝を作るのですが…



さてここで、幕府が当時鋳造していた、「天保通宝」なるお金を見て下さい。

天保通宝

なんかめちゃくちゃ似てるでしょ?
重さ(20.6グラム)も、銅の含有比率も、何もかもそっくり。
実は、前述の「琉球通宝」は、他藩との交易で使える幕府公認のお金「天保通宝」を作るためのダミーのお金なんです。
「琉球通宝を作りますからね」と言って鋳造工場をつくり、そこではもちろん琉球通宝も作るのですが、「琉球」の文字を「天宝」に変えただけの鋳型を使って大量の天保通宝を作っていたのです。



天保通宝に目をつけたのは、このような理由です。
天保通宝の価値は「百文銭」つまり100文の価値がありました。
一方、銅の含有量は、当時の「一文銭」の6倍ほど。
一文銭6枚を鋳つぶしてドロドロにしたあと、天保通宝の鋳型にはめ込めば一丁上がり。
つまり、

天保通宝1枚
 ↓
(両替)
 ↓
一文銭100枚
 ↓
(鋳つぶす・偽造)
 ↓
天保通宝16枚
(100÷6≒16)


ほら、16倍になった!
このような錬金術が、少し工夫すれば当たり前のようにできた時代だったのです。
その他、鍋や釜、古い大砲、お寺の鐘すら鋳つぶしてお金にしていったといいます。
薩摩藩が作った贋金は、290万両にものぼります。

ちなみに、この「天保通宝」は、前述した16倍の価値を生む金の卵であったために、薩摩以外にも、高知藩、水戸藩、秋田藩、盛岡藩、仙台藩、会津藩、広島藩、福岡藩、そして長州藩でも作られました。
まさに、「天保通宝」は贋金のベストセラーだったのです。


________________________________________________________


ここまで話して、龍馬に戻ります。
龍馬は後藤象二郎を通じ、土佐藩に偽造金貨の鋳造を提案します。
銅貨よりもより投資効果の大きい「金貨」の偽造を持ちかけるのです。
対象となったのが、下の「二分金」

  安政二分金150


二分金=2000文=天保通宝20枚分の価値がありました。
ちなみに、小判1枚=1両=二分金2枚となります。
詳しく知りたい方は、ビバ!江戸「江戸の貨幣(通貨)」をご覧下さい。


計画を聞き驚く後藤に対して、龍馬はこう切り返しています。

「何を言っているのですか。
 薩摩も長州も、すでに100両の金貨を偽造しているのです。
 今さら土佐藩が100両ほど偽造したとしても、大したことではありません」



実は、薩摩は前述の天保通宝以外にも、金貨(二分金)も偽造していました。
にせがねづくりの先輩的存在だったのですね。
それもあって、海援隊隊士がイカルス号事件がらみで鹿児島に行く際には、

「必ず、薩摩の偽造金貨を持って帰れよ。土佐藩が作る時には役に立つだろうから」

と念を押しています。



ちなみに…
龍馬が作ろうとしたのは「にせがね」でなく「新貨」なんだ、という説もあります。
なぜなら、幕府が倒れ、貨幣の鋳造権が土佐を中心とした新政府側に渡った場合、土佐藩で鋳造しているお金がそのまま新政府のお金になるからです。

…でも、これは、ちょっとした詭弁ですよね。
この当時は、現に幕府が鋳造権を握っているわけで、龍馬が作ろうとした二分金は幕府のそれと見分けが付かないように精巧に作られたレプリカであったわけですから。



※余談ですが、龍馬死後、明治初年に土佐藩はこれをやり、市場に大量のニセ二分金をばらまくことになります。

________________________________________________________


龍馬は、こんなことを言ったこともあります。
佐々木高行に対して、

「長崎の税関には10万両ほどカネがあるそうだから、襲撃してこれを奪ってしまおう」

常識人の佐々木はこれを聞いてさぞ驚いたでしょうが。
しかし、当時は幕末志士と言っても「志のため」という名目で商人から強制的にカネを巻き上げるようなことが行われていたわけですから、商人からでなくあくまで幕府の施設を狙おうとした龍馬はまだ良心的な方かも知れませんね。
同時に、幕府の威信を傷つけることができるという政治的役割も果たせますし。




龍馬の金融プランはまだまだ続きます。
新紙幣の発行プラン。
江戸の銀座を京都に移転するプラン。

枚挙にいとまがないぐらい、金融に関しては敏感な龍馬。
また、おいおいと
紹介してゆきたいと思います。





(主な参考資料)
龍馬のすべて(平尾道雄著・高知新聞社)
坂本龍馬と海援隊―日本を変えた男のビジネス魂 (講談社文庫)
小説の孵卵場「薩摩藩の贋金づくり」



ブログ記事一覧へ>>



ワンクリックの応援お願いします

関連記事

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL


▲page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。