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「坂の上の雲」が帰ってきた!


まことに小さな国が、開化期を迎えようとしている。


「坂の上の雲」タイトル



1年前の感動をもう一度…

帰ってきた「坂の上の雲」ウルトラマン2「あげあげ」


いよいよ、『坂雲』の季節がやって参りました。
心待ちにされていた方も多いはず。
ブログでも、精一杯、記事を作ってゆきたいと思います。


まず、ここでひとつニュースを。
ご存知の方も多いとは思いますが、去年の第1部が再放送されます。
第1話は11月20日です。
非常に密度の濃いドラマですので、最初からもう一度見て予習しておいた方がいいと思います。
来年は…当然、第1部と第2部をもう一度再放送で予習するんです!!
-って言ってますけど、今年はともかく、来年、そんなたくさんのボリュームを
 再放送に当ててもらえるのだろうか…??
 去年録画してなかった人は、キチンと録画しておいて下さいね。


※詳しい放送予定はNHK公式サイト内「放送日時」をご覧下さい。
 第2部の放送予定も同時に出ております。


________________________________________________________

ここで少し解説を。
まず気になるのは、原作である『坂の上の雲』とは、そもそもどんな物語なのか?


(1)小説『坂の上の雲』


「まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている」
この文章で始まる本作は、ご存知のとおり、司馬遼太郎さんの代表作のひとつです。

昭和43年4月から産経新聞にコツコツ掲載していた新聞小説が、4年間を経て完結し、ひとつの長編小説となったものです。
ちなみに、松山市に最近(平成19年)できた「坂の上の雲ミュージアム」には、新聞に連載された4年と4ヶ月分、1296回すべての記事が一面に張り出されていて、見る者を圧倒するそうですよ。

坂の上の雲ミュージアム
“ちぃさま”人生は千の悦楽様より。他にもミュージアムの画像あります)



執筆に4年かかって仕上げた大作ですが、それだけではないのです。
執筆開始にあたり、司馬遼太郎さんはこの当時のできごとに関する膨大な資料を集め、読み込み、取捨選択し、さらに取材をするという、気の遠くなるような作業を丹念に行っています。
しかも、肝心の政府公式資料である『日露戦史』には重要な事実が(おそらく政府の立場を不利にするという理由から)隠蔽されていて、資料としてほとんど使いものにならない。
それでも、ありとあらゆるところから資料を収集し、日清・日露戦争の全体像を書き上げた、この執念。
執筆期間と合わせると、足掛け10年の根性と粘りの結晶です。

そしてもうひとつ。
今作で司馬遼太郎さん自身、維新後を題材とした初めての小説という「挑戦」をしているのです。
のちに「司馬史観」と呼ばれる、維新からの明治成長期を「明るい時代」として肯定する作風ができあがってゆく出発点になるのです。

そうしてできたこの作品は、文字通り「不朽の名作」となり、40年経った今日まで色褪せることなく残っています。
僕も今年から読み始めることにしたのですが、このような大作が、文庫本で何百円出したら買えてしまうというのが、ものスゴイ得した気分になります。
司馬遼太郎さんは少し昔の人、昔の文体というイメージがあったので実は今まで読んだことがなかったのですが、読んでみると全然そんなことはなく、食わず嫌いだったなと少し反省してみたり。。てへウルトラマン5「てへへ」



「この物語の主人公は、あるいはこの時代の小さな日本ということになるのかもしれないが、ともかくわれわれは三人のあとを追わねばならない」
この作品は、松山藩の窮状を描きつつも、ライトな雰囲気で書き出されます。
そして、例の3人の人物を登場させます。


3人の登場人物


この3人が明治日本に与えた影響は確かに小さくはないのですが、しかし、なぜこの3人なのか。
実は、キッカケは正岡子規なのです。
司馬遼太郎さんはもともと子規が好きで、伊予松山を散策した時に、子規と真之が小学校から大学予備門まで一緒だったことに気づき関心をもち、調べてみる気になったといいます。
子規から真之へ、真之から好古へ。

こうして、壮大な舞台の幕が開かれてゆくのです...



(2)ドラマ版との違い


僕が昨年、小説の予備知識も何もない状態で「坂の上の雲」を見たとき、妙に心に残ったのが、挿入されるナレーションの格調の高さでした。
言葉が洗練されている。
そんな印象を受けたのです。


今年、小説を読んで初めて分かったのですが、ナレーションの言葉は、ほとんどすべて小説の文章です。
それだけでなく、ドラマ中に出てくる名ゼリフも、小説から取っています。

第1話だけでも、
「信さんが十歳になった年の春、藩も秋山家もひっくり返ってしまうという事態がおこった。明治維新である」
「この父は、ちょっとした名言を吐いた。古今の英雄豪傑はみな貧窮のなかからうまれたが、あしに働きがないのはいわば子のためにやっているのだ、といった」
「馬車は「天馬空をゆくがごとく」かるがると走ってゆく」
挙げればきりがありません。

名ナレーションに聞こえたのは、渡辺謙さんが重くもなく軽くもなく独特の渋みのある声でしゃべってるからだけではなかったのです。
名ゼリフは、俳優さんの演技力が群を抜いて素晴らしいからだけではなかったのです。
ドラマの命は、やはり、原作とそれを活かす脚本の力ですね。


違いもあります。

ドラマの限られた時間という制約から、省略された話も多い。
たとえば、第1話では好古が松山を出てから帰省するまでの大阪・名古屋・東京でのエピソードがごっそり省略されています。

小説では、明治維新後の松山藩や諸藩の状況、日本の騎兵隊の現状、など、例の膨大な資料をもとにした厳選により、当時の日本の歴史的背景がところどころに分かりやすく挿入されています。
読者は、単なる物語でなく、一緒に歴史を勉強するのです。
そういった内容も、省略されたり、短くまとめられたりしています。

逆に、付け加えられたエピソードもあります。
たとえば、第1話の終わりのシーン。
高橋是清が「English gentleman ...」の言葉を教えるシーンと、その後の「巡洋艦・筑紫」を見学に行くシーンは原作にはありません。後の日清戦争との絡みなども考えてのことでしょうが、このあたりは第1話が終わったあとに改めて記事にしたいと思います。

細かい話になると、
・真之が「タダの学校がある」と聞くのは、ドラマでは風呂屋の雇い主になっているが、小説では別人である
・秋山兄弟がやっかいになる佐久間家の多美は、ドラマでは松たか子が演じているが、実際は当時14才の小娘であった
など、ドラマの俳優上の制約によるものもあります。


…と、細かいことをごちゃごちゃ書きましたが、要は「誤差の範囲」ということです。

NHKの連載ドラマとしてはもっとも現代に近い時代を描いたものであろう『坂雲』
日露戦争に至る過程を濃密に描く「第2部」
楽しみで楽しみでなりませんウルトラマン3「あげあげ」



(主な参考資料)
坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)
『坂の上の雲』歴史紀行 (JTBのMOOK)
スペシャルドラマ「坂の上の雲」公式サイト
坂の上の雲マニアックス



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