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「万国公法」の時代


このようなエピソードがあります。



槍垣清治(ひがき・せいじ)は土佐勤王党の中でも有数の剣客であり、当時、土佐の青年たちが愛用していた三尺(約90cm)の長刀を腰に差していた。
それを見た龍馬、

「長刀は実践の役に立たんよ。
実践では、短い刀の方が良いよ」


そう言って、自分の短い刀を見せる。
槍垣清治も歴戦の勇士、なるほど一理あると思い、龍馬の説に従い自分も短い刀に切り替えた。


しばらくして、再び龍馬と会う。
短い刀を差した槍垣に対し、龍馬は

「こいつが西洋の新しい武器だ。
こいつの前では刀なんてかなわんよ」


そう言うと、ふところからピストルを出し、一発ドカンとぶっ放した。


さらにしばらくして、また龍馬と会う。
槍垣に対し、龍馬は1冊の本を取り出し、こう言ったという。

「刀や武力だけではだめだ。これからは学問だ。
オレは今、『万国公法』を読んでいる」


________________________________________________________

少し出来すぎている逸話ですが、その真偽はともかく、龍馬の新しもの好き・先見性・合理主義をあらわすいいエピソードであると思いますし、それ以上に、人間・坂本龍馬の変化も同時にとらえています。

つまり、土佐で攘夷に燃え、江戸で剣の修業に明け暮れた「攘夷派剣士・坂本龍馬」から、勝海舟らと交わる中で西洋の文明を知り、西洋文明に活眼を開く「開国派・坂本龍馬」へ。
さらには、亀山社中・海援隊の活動の中で、日本の国家構想を抱くようになる「政治家/経済人・坂本龍馬」へと変貌を遂げる…


エピソード中、その最後の意識変化の象徴として出されているのが、

万国公法

万国公法


『万国公法』とは、ヘンリー・ホイートンの『国際法原理』(原題:Elements of International Law, 1836)を原著として翻訳されたもので、その内容は、イギリス、フランス、オランダ、アメリカの4大先進国の、人権・法律・海上航海・漁業権・商議・交戦規定など広い分野にわたる国際法から成っています。
のちに海援隊も出版を試みますが、これは実現されていません。





さて、前回の記事でも書きましたが、「いろは丸事件」において、龍馬は、日本で初めて国内の事件に『万国公法』を適用して解決を図ろうとしています。

万国公法を読む龍馬




おそらく龍馬は、この事件を有利に進めるためだけに『万国公法』を持ち出したのではないと思います。

将来、西洋と肩を並べる文明国に日本が成長するためには、彼らにも通じる国際法を遵守することが最低限必要だ。
そう思ったからこそ、龍馬は『万国公法』を用いたのではないか。
つまり、龍馬の頭の中には、この時すでに近代日本のイメージができあがっていたと思えるのです。

司馬遼太郎さんも「幕末に登場する志士たちのほとんどは討幕後の政体を、鮮明な像としてはもっていない。龍馬のみが鮮明であった」と言っています。


坂本龍馬の先見性に、頭が下がります。




(主な参考資料)
龍馬のすべて(平尾道雄著・高知新聞社)
坂本龍馬のすべて(平尾道雄編・新人物往来社)
Wikipedia「万国公法」



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2013/05/24(Fri)19:09

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