< 2017年07月 |  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 | 2017年09月 >
ホーム  > スポンサー広告 > 「清風亭会談」お互いの狙い(2) > 龍馬伝関係 > 「清風亭会談」お互いの狙い(2)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「清風亭会談」お互いの狙い(2)


前回から引き続き、「清風亭会談」に望んだ後藤象二郎・坂本龍馬お互いの狙いと、会談が成功に終わったわけを掘り下げて考えてゆきたいと思います。

前回は「政治面」を取り上げました。
今日は「ビジネス面(財政面)」の両者の思惑から見てゆきたいと思います。


ビジネス面(財政面)の思惑の一致


(1)後藤象二郎の思惑


お金は大事です。

それは、個人に取ってだけでなく、国家にとっても同じこと。
当時の各藩にとっても、財力=軍事力という図式は出来上がっていた(薩摩、長州は財力があったからこそ、討幕の軍事力を手に入れることができた)以上、幕末風雲急を告げる各藩にとって、藩財政は極めて重要な課題でした。

土佐藩も例外ではなく、藩財を潤す目的で、土佐の特産品などを他藩や欧米相手に売るための出先機関を設立します。
ドラマでは、土佐藩の初めての商いに岩崎弥太郎が抜擢されたように描かれていましたが、実際は、それ以前に、後藤象二郎が手がけていたんですね。
これはのちに「土佐商会」と言われます。
まあ、言葉の通りなのですが、土佐の特産品などを商いするための組織として作られました。江戸・大阪・長崎という、商業のカナメの地域に出店した…までは良かったのですが、後藤象二郎時代はあまりかんばしくなかったようです。
まあ、彼には悪いですけど、商才がなかったんですね。

そこで、白羽の矢が立てられたのが岩崎弥太郎。彼を長崎土佐商会の責任者に抜擢します。
彼の手によって、軌道に乗りかけた土佐商会。

そんな時に「亀山社中」の存在を知ります。



(2)坂本龍馬の思惑


「亀山社中」の実際の活動内容については、ドラマではほとんど明らかにされていません。
メインは海運業・貿易業でしたが、第2次長州征伐には軍事業にも従事しています。後述のワイルウェフ号沈没事件で船がなくなり業務停止状態になってからは、技術のある社中の人間を他藩に貸し出すという人材派遣業を行っています。かすていら作りは…残念ながら、実際は断念したようですね(笑)
メンバーは薩摩藩から月給60万の給料((日銀高知支店の試算より)をもらっていたので生活上の不便はなかったのですが、亀山社中として商売の軌道に乗ったとは言えない状況だったようです。

窮乏の亀山社中でしたが、龍馬の胸の中には将来の展望がありました。
薩摩・長州と亀山社中が協力し、下関で合弁義業を行うことです。
馬関海峡(関門海峡)は当時の物流の最重要地点で、ここに本拠を構えることにより、海運・貿易の業務を本格化する構想を練り上げていたと言われています。
ある程度の資金力と人材、船舶、業務のノウハウがあれば実現する可能性はあったと思います。


そこに痛恨の一撃を与えたのが、「ワイルウェフ号沈没事件」

ワイルウェフ号沈没事件


ユニオン号は第2次長州征伐のあとは長州藩に返還されます。
それを見越して亀山社中が社運をかけて購入したのがこの「ワイルウェフ号」
しかし、命名式のため長崎から鹿児島に向かう途中で、池内蔵太もろとも沈没してしまいます。
亀山社中の希望を担うこの船は、名前も付けられぬまま、海の藻屑と消えてしまったのです。
活動の元である船と10数名の優秀な船乗りを一度に失った亀山社中は、龍馬が、社中の解散を真剣に考えたほど、深刻な状況に陥っていたのです。


(3)両者の思惑の一致


長崎土佐商会を軌道に乗せるため、事業ノウハウや長崎での人脈がほしい後藤象二郎。
亀山社中を存続させるため、活動資金を求めていた坂本龍馬。
ここに、両者の接点がありました。

お互いの利害が一致し、提携の日の目を見ます。
その契約の際に龍馬が出した注文がポイント。
ドラマで、「亀山社中は土佐藩のもとに入りや」と言う後藤に対して、龍馬が言ったセリフが「土佐藩と対等の立場で良い、と言われるのなら…手を結びましょう」

ポイントはふたつあり、

1.「土佐藩に入る」ということは、裏を返せば、一介の脱藩者集団に過ぎなかった亀山社中が土佐藩の後ろ盾を得るということで、龍馬にとっては有利である。
(事実、この後のいろは丸沈没事件は土佐藩のバックがなければ交渉そのものができなかった可能性があります)

2.ただ、社中が土佐藩の意のままに使われることを龍馬は恐れた。
 「対等」というのは、具体的には、土佐藩は資金は提供するが(実際、1万5000両が提供されます)土佐藩の組織に組み入れられるのではなく、行動の決定権など自主独立は保持するということです。いわば、土佐藩はスポンサーになった状態ですね。(いろんな解説書の中で「土佐藩の外郭団体になった」と書かれてあるのは、そういう意味です)
これにより、土佐藩の政治にからむ軍事力としても亀山社中の人材・技術などを利用しようという土佐藩側のもくろみは消滅したことになります。





後藤と龍馬のシェイクハンド


過去のわだかまりを捨て、大局を見通し提携の道を選んだ後藤象二郎と坂本龍馬。
この後、2人は土佐藩の頭脳として、船中八策を経て大政奉還まで突き進むことになります。



ブログ記事一覧へ>>



ワンクリックの応援お願いします

関連記事

コメントの投稿

コメントの投稿
装飾
非公開コメント


トラックバック

トラックバックURL


▲page top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。