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「坂の上の雲」 第11話「二〇三高地」感想


※記事のアップが大幅に遅れ、申し訳ないですリラックマ58「ペコリ」


亡国。
国が滅びる。



あとから歴史を見る我々には想像もできないような、当時の人々の苦悶。
そういった、当時の歴史の息吹をきっちりと表現してくれているドラマ。


亡国の緊張感。
だからこそ、今の日本にはない輝きがある。



旅順攻撃に必死の乃木軍もそうですが、その結果を見守るしかなかった連合艦隊の苦しみもまた、今回感じました。
こういった状況の場合、そこに従事している人より、傍観者の方が苦しかったりするんですよね。
当事者は、いわば全力を出してやるしかない。結果を考え一喜一憂している余裕なんてない。
だが、見守るしかない立場の人間は、何も出来ない分、歯がゆい苦しみが常につきまとう。
そういった、その当時の立場の人になりきって考えないとなかなか見えてこない部分を、映像で表現し、視聴者に気づかせてくれる。
やはり一流です。




203高地への攻撃目標変更


そして、203高地への攻撃目標変更。
このあたり、悲壮感が漂って、乃木の気持ち、伊地知の気持ち、第3軍の気持ち…それを思い、目頭が熱くなるのを感じていました。


近代国家は、国民に「福祉」をのみ与えるものではなく、「戦場での死」をも強制するものであった。


司馬遼太郎さんの、原作の言葉でしょうか。
重く深いですよね。
そしてこの言葉をあえて使った、制作陣のメッセージも込められているのではないか。

話は少しそれますが、これは、現代の日本人へのメッセージでもあると思うんですよね。
日本がおかしくなっていったのは、国家のことはお上に任せっきりになり、いわば国家に「福祉(=利益)」のみを期待して、「戦場での死(=犠牲)」を嫌ったところから発生しているのではないか。

今でも、口を開けば「政治家が悪い」「あの発言は何だ」と大合唱ですが、そもそも、その政治家を選んだのは誰なのか。我々ではなかったのか。
増税はいやだけど、福祉はきっちりしてくれ。
そういう、犠牲を嫌い利益のみを求める国民の声がいわば政治家に見透かされて、今の混乱を招いたのではないのか。
そうも思えるんですよね。


この時代の国民が、幸せだったか否か。
国家をどう考えていたのか。


もちろんいかなる戦争に正義はなく、所詮は集団での殺し合いであることには変わりありませんが、それでもあえて、国家の将来に自分の未来を重ねて一生懸命生きた、名も無き国民ひとりひとりに、僕ら現代人は学ぶべきだと思います。

今の日本の国民を見たら、当時の人々に笑われるかも知れませんね。
「自分の国家のことなのに、なにをひとごとのように考えているんだ」と…




アレ以来、わしの命はお前に預けちょる


男の約束。
そういったものを律儀に守ろうとするのが、乃木らしいですよね。
僕は彼の生き方を肯定しますし、男の美学のようなものを感じます。
誰がなんと言おうと、彼はやはり偉大だと思います。




203への総攻撃


203高地への最後の総攻撃。
戦闘シーンの描写をこれだけ長い時間かけて映し出すというのが、このドラマのひとつの特徴でしょうか。
以前に見た『THE PACIFIC』という、太平洋戦争を舞台にしたアメリカのドラマも、戦闘シーンを詳細に描いていましたが、日本のドラマ、映画を含め、非常に稀なケースだと思います。


「そこから旅順港は見えるか」


旅順港の位置、および敵戦艦への被弾状況を的確に知ることができた日本軍。
旅順艦隊を全滅させた日本軍は、いよいよ次のステップへと移ってゆくのですね。

…驚かされたのは、ここで、戦争の犠牲者である旅順の一般市民の姿を、わずかではあったのですが、描いていたこと。
戦争の犠牲者は常に、何の罪もない一般人なんですよね。
製作者の、隠れたメッセージでもある気がします。




血の日曜日。
奉天会戦。
…そして、日本海海戦へ。



次回予告を見ただけで、泣きそうになります。。。。



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