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続・龍馬伝 (38)北斗の夢 <最終話>


龍馬伝第4部タイトル(雲の


「北斗の国」

蝦夷地のことを、ある種の憧れをもって、そうも呼ばれます。




かつて、この地に魅せられ、自らの将来を蝦夷に賭けた男がいた。


坂本龍馬


彼は、日本に大変革の鼓動が聞こえ始めていた幕末期に、有志を集い蝦夷に移住、藩からも幕府からも影響を受けない未開の地で、本格的な開拓事業を行うことを構想していました。

それは、榎本のように国家を作るというような、政治的で大規模なものではなかったとされています。


蝦夷に眠る、莫大な資源。
水産物・農作物・森林、そして当時最も有望なエネルギーであった石炭…
それらを開発し、当時の主要物流拠点であった大坂と蝦夷を航路でつなぐ。
さらに馬関、長崎から海外との通商も独自に行う。



彼は「蝦夷島総裁」としてでなく、「亀山社中」という、いちカンパニーの社長として、この構想を練りあげた。
国家建設でなく、あくまでいち企業の事業として、プランニングを行なっていた。



坂本龍馬と、榎本武揚。
ふたりの動機は対照的ではありつつも、共に蝦夷に魅了された幕末の英雄として、僕はなぜか不思議な縁というか、共通のDNAでも持っているのではないかという奇妙な錯覚を覚えてしまうのです。
今回は、最終話ということもあって、少し自分の想像・妄想のようなものを物語に混ぜてみました。

1年半の内戦の終幕に、あの坂本龍馬に再び登場してもらいたかったという願望を含みつつ。。。



【第38回】北斗の夢 <最終話>



榎本は、ひとり総裁室に入ってゆきます。
新政府軍には、すでに降伏の意思を密かにつたえてありました。

あとは、彼が自分自身の後始末をつければ、それで、彼の夢はきれいに終わるはずでした。
幕臣として、死んでいった者たちのため、自分が責任を取る。
手に握りしめられた刀は、この時を待っていたかのように、優しく光を反射していました。



さらば、わが友。
さらば、わが夢よ…










船の出航



「死んでいった者たちに報いる方法は、ひとつしかない。
 そんな風に思わんかい。

『もういっぺん、生まれてきたい』

そう思える国に、することじゃき。
そう、思わんかい」





誰かの声。
どこからか聞こえた気がした。


見知らぬ声。
それでいて、懐かしい響きもする声。
自分とは考え方が違っていて、それでいて、自分と同じ匂いのする声。

あの声は、自分に発せられたのか。
夢を、託されたのか。




「北斗の夢を、託したぜよ」


そうも聞こえたような気がした。


一瞬、不思議な感覚に包まれるのを榎本は感じていました。
腹に直角に刀身を傾けたまま、脇差はいつの間にかその動きを止めていました。




けたたましくドアを叩く音。
―静寂が、破られる。


次の瞬間、総裁室のドアが開けられるなり、幹部たちにより刀を取り上げられるのを、榎本はなされるがまま、自分自身を眺めていました。
恐らく、総裁室に入ってゆく時の顔が悲壮感にあふれていたので、心配になって入ってきた連中でしょう。
彼らが自分に向かって、必死になだめるのを、榎本はただぼーっと聞いていました。


ただの幻聴だったのか。
或いは…
あの声のことを考えながら…








榎本と黒田、降伏の対面
(『日本テレビ年末時代劇スペシャル「五稜郭」』より)


明治2年5月18日。
榎本軍、降伏。および、五稜郭、開城。
一時は玉砕戦を覚悟したとは思えないような穏やかな目をした榎本が、そこにいました。

黒田と榎本の間には、もはや何も屈託はありませんでした。
黒田は降伏を決意した榎本に礼を言い、榎本は将兵の命を保証してくれたことに礼を言います。
2人の英雄は初めて対面した時からお互いを知り、この後、生涯を終えるまで、無二の親友としてお互いを支え合うことになるのです。

1年半にもわたった凄惨な戊辰戦争は、こうして、静かに幕を閉じました。








―その後、北海道開拓使長官として、蝦夷あらため北海道の開発の責任を任された黒田は、周囲の反対を押し切って榎本を獄から出し、いわば彼の私的調査官として、榎本を北海道に派遣します。
戊辰戦争の終結から、すでに3年が過ぎようとしていました。

短い間ではありましたが、榎本は派遣先で綿密な資料調査を行い、のちの新政府による北海道開発の足がかりを作ったと言えます。



もうひとつ、榎本が北海道で行ったことがあります。
箱館戦争で亡くなった多くの同志たちのために、追悼の石碑を立てたのです。

『碧血碑』(へきけつひ)

現在も函館公園の片隅に眠る石碑がそう呼ばれるのは、中国の故事に由来するものです。
「義に殉じた志士の血は、3年経つと碧色(みどりいろ)に変わる」
碧色とは、疑いや無実の罪が晴れ、青天白日になることを指したものだと言われています。


自分のために死んでいった多くの同士に、自らの死で償うのでなく、生き抜き、自らの働きによって彼らの名誉を回復し、そして、この蝦夷の地に、彼らと共に抱いた夢を実現させる。
それは、蝦夷共和国という国家でないにしろ、多くの人が希望をもって住める国土とすることで、かつて彼らと共に語り合ったその夢を、榎本は叶えたかったのかも知れません。

この国に、もう一度生まれてきたい。
そう思える国づくりのために―




続・龍馬伝 完


________________________________________________________
あとがき


「戊辰戦争」が、かくもドラマティックで、波乱に満ちたものだっということを、僕はこの『続・龍馬伝』の執筆を通して、初めて知りました。
たかだか1年半に満たない、それも、大政奉還に至るまでの動乱や後の西南戦争、日清・日露戦争などの影に隠れて、比較的影が薄く、ともすれば江戸城無血開城によって平和裏に進んでいったかのようにさえ思えるこの内乱が、実はさまざなな人々の思惑を秘めて、多くの人々の理不尽で悲惨な犠牲を払った血と汗の歴史の一幕であったことに、『続・龍馬伝』の執筆を通して、僕は初めて驚かされました。

そういう意味では、今回の一連の執筆は、僕にとって、「戊辰戦争とは何か」「幕末・明治維新とは何か」を見直す大きなきっかけとなり、そういう機会が与えられたことに今は感謝しています。
(実は途中で、執筆を始めたはいいもののその膨大さに前途を歎き恨んだこともあったのですが…テヘヘ)


記事をアップして、最初の拍手が付くのを、僕はいつも楽しみにしていました。
その「1拍手」のマークを見た瞬間に、少なくともひとりは自分の記事を喜んで下さる方がいらっしゃったのだと思い、勝手な自己満足に浸るのが僕の喜びでした。
コメントを下さる方はもちろん、このブログを開いて読んで下さる方、自分より歴史についてはるかに造詣が深く批判の目で見て下さる方も含めて、心から感謝しています。



元来、飽き性な自分が、最後まで続けることができたのは、見てくれる皆様という「公の目」があったからです。
これからも、自分を鼓舞する意味も含めて、たとえば「英検1級を目指します!」のような超プライベートなことも書くかと思いますが、そんな時は弱い人間の精一杯の叫びだと思って、軽く受け流して下されば幸いです。

歴史は果てしなく深く重く、自分のライフワークとして、これからも歴史とは真摯に向き合っていこうと思います。




1年間ありがとう!






(主な参考資料)
日曜劇場JIN-仁- 完結編(TBS)
箱館戦争―北の大地に散ったサムライたち
小説 榎本武揚―二君に仕えた奇跡の人材 (ノン・ノベル)



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