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「あけおめ」と「龍馬伝総評」


あけおめ



平成23年でございます。

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。


________________________________________________________

龍馬伝の総集編も終わったことですし、延ばしに延ばしていた、


『龍馬伝・総評』


を書きたいと思います。
おそらく、世界で一番遅い総評でしょう。
この記事をもって、「龍馬伝」の締めくくりとしたいと思います。

…それと、新年のっけから悪いのですが、総集編で「龍馬伝」の魅力(良いところ)は十分書いてきたつもりですので、今回の総評は、将来の大河ドラマへの期待も込めて、辛口一筋でいきます。




さて、そのまえに…
まだ見ていない方は、自分が尊敬している妄想大河さんの総評を見てからの方がいいのではないかと思います。
これに習って、僕なりに龍馬伝を一言で現してみました。



玉虫色大河


「現代版龍馬」とか、「等身大龍馬」とか、「草食系龍馬」とか、彼が演じる福山龍馬についていろいろな言葉で言われていましたが…終わってみると、結局何が一番言いたかったのか、テーマは何だったのか、制作陣は龍馬伝を通して現代のわれわれに何を訴えたかったのか、核が見えてこなかった。

「それは、『優しさ』とか『勇気』とか、見る人それぞれ得るものがあったらいいよ」ということかも知れないのですが、番組として訴えたいものが最後までなかったような気がします。


聞こえてくるのは、こんな話ばかり。
・制作陣が非常に仲がよく、和気あいあいと撮影が進む。
・小道具がこだわっている。
・カメラにもこだわっている。(プログレッシブカメラ)
・カメラの長回しで、俳優のアドリブを引き出した。




…でも、そうった要素は、あくまで枝葉末節だと思うんですね。
たとえば、プログレッシブカメラでも、技術の進歩は当たり前。
やがて、家庭のテレビがすべて3Dに置き換わる時代もくるでしょう。
ブロードバンドが普及して、地上・地下関係なく、ケータイひとつあればどのチャンネルもハイビジョンでリアルタイムで見れる時代がくるでしょう。
四境戦争などもCGで完全に再現し、実写との区別がつかない時代もくるでしょう。
それどころか、龍馬や中岡、歴史上の人物を現存の肖像画をもとにCGでドラマ上に完全に再現できるようになる時代がくるかも知れない。


しかし、それらはドラマのほんの一部の要素に過ぎない。
ドラマの大切な要素の大部分は脚本だと思います。




龍馬伝第1話オープニング


脚本家は、このドラマで何を訴えたかったのか?
「龍馬伝」を通して、私達に何を伝えたかったのか?





約170年前に龍馬が生まれたからこそ、現代の我々がいるとも言えます。
龍馬のような人物が輩出されていなければ、日本は清同様外国の餌食にされ、今の日本の姿は白と黒ぐらい変わっていたかも知れない。
彼がいたからこそ、私達の今の生活があると言っても大げさではない。
だからこそ、龍馬はじめ、幕末の英雄らの人物像を知ることで、日本人の誇りを取り戻し、明日への仕事の活力となる。

そういった龍馬像を期待して、番組を見始めた方も多いと思います。
しかし…




僕が見ていて一番困ったのは、龍馬は、私情より国家の大事を優先させたのか、私情を優先させたのか、それがあいまいで分からない。
投獄された武市半平太を救うため、自分の役目を放り出して土佐に戻ってみたり、薩長同盟という日本の将来において極めて大事な交渉の前に、土佐出身の見ず知らずの仲間を助けに行ったり…
彼は、日本の将来を重んじた人なのか、自分の仲間を大事にした人なのか、どちらかを天秤にかけたときに、坂本龍馬の究極の願いは何だったのか、それがあいまいになってしまった。
映像だけを見ると、大志は持ちつつも、情に流され大局を失う人間に見えてしまうのです。
そんな人間が、なぜか周囲の人に信用され、大政奉還という大事を成し遂げてしまうので、見る側としては、煙に包まれたような、玉虫色に塗りつぶされたような、そんな不思議な違和感を感じてしまうのです。




福田さんインタビュー
NHK公式サイトより)


ここですよ。
すべての元凶は

「坂本龍馬を現代の価値で判断しようとした」

ところにあると思います。


そのあたりは、第3部終了後に今までの「龍馬伝」に関する個人的感想で書きましたけど、結局、最後までその体質は変わりませんでしたね。
というか、それが龍馬伝を作る基本スタンスになっていましたから。

…これが、今後の大河ドラマの基本スタンスにならないことを願うばかりです。






日本(ぼかし)


私たちは、現代に生きる者で、過去の人間ではない。
ですので、過去の歴史を知るためだけに歴史を勉強するわけではないし、史実に合っていないという理由だけで龍馬伝を批判しているわけでもないのです。

ただ「現代の価値観で過去を判断する」のは、もうそろそろやめにしませんか?
現代の価値観が、絶対的に正しい保障は何もないのですから。

それどころか、現代の価値観では行き詰まることが、昨年すでに証明されたではないですか。




新しいものを生み出すためには、まずは、過去を真摯に振り返ることが必要。
昔から言うではありませんか。

温故知新


今までの常識が通じない現代だからこそ、大河ドラマは、過去の歴史を混じりっ気なく表現してほしい。
そこから必ず、得られるものはあるはず。
それが、『大河』という冠を唯一かざす連続ドラマの使命だと思います。


総集編で、名場面のランキングを前面に持ってきていました。
たしかに、感動の名場面はたくさんありました。
しかし我々は、名場面を見たいのでなく、名ドラマを見たいのです。
このような制作を繰り返ならば、

大河ドラマは、

「名シーンはあっても、名ドラマでない」

というレッテルを貼られると思いますよ。


50作目以降の奮起に期待します。





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