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「坂雲」第4話解説~日清戦争~(2)


日清戦争の2回目。
今回の主題は、原作『坂の上の雲』の批判も含みます。
反対意見もありましょうが、日清戦争を述べるにあたって避けては通れない道だと思い、記事にしました。




遼東半島

日清戦争のみならず、日露戦争の激戦地でもあるこの地。


遼東半島
きままに歴史資料集様より引用)


上の図でいうと赤色の部分です。
朝鮮半島の根っこから少し不細工に伸びた、小さな半島。
誤解しやすいのですが、ここは朝鮮でなくれっきとした清の領土です。
古くから、鴨緑江をへだてて北が支那(現在の中国)領、南が朝鮮領となっていました。
特に、朝鮮に接する一帯は「満州」と呼ばれ、のちの日本による中国侵略の足がかりとなった地域です。


この地の重要性は、半島の先っぽにある天然の良港「旅順」にあります。
旅順の特異性は、以下に挙げるこういったところにあります。

○渤海と黄海の中継地点に位置し、両海域を制圧できる位置にある
○特に、渤海の制海権を完全に掌握できる
(この特性から、ヨーロッパでいう地中海の入り口になぞらえて、この当時「東洋のジブラルタル」と呼ばれることもありました)
○渤海から海路により北京を直接制圧できる位置にある
○支那と朝鮮の中間に位置し、両国に影響力を与えることができる





日本は、欲が出た。
旅順と、その後背地である遼東半島を手に入れたいという欲望に駆られた。



日本旗


旅順は、たった一日で陥落します。

この時、旅順で一般人を含む大量虐殺を日本兵は行い、「ワールド」「タイムズ」などの欧米系新聞によって全世界にそのニュースが広がってしまいます。いわゆる「旅順虐殺」ですね。
このあたりは、原作には作者独自の歴史観(司馬史観)によって作風を統一させるため、おそらく意図的に省かれています。
ドラマでは旅順虐殺を匂わせるような描写をしたせいで「原作にはないシーンをわざわざ入れるな!」とか「中国に気を遣い過ぎだ!」みたいな意見もありましたが、これはれっきとした事実です。

日本は紳士的であった??

日本が戦争においても略奪など一切せず紳士的であったというのは、あくまで欧米など列強(先進国)に対してであり、清のように下等にみられている国(後進国)については容赦なかったのです。
この戦争での朝鮮行軍中においても、日本は兵站(兵士の食糧補給)については「現地調達」ということになっていましたので、食料を地元の人々から買ったりしていたのですが、対価が払えなかったり、相手が供出を拒否した場合は「強制徴発」していました。
この事実を知れば、略奪はなかったと言い張ることがいかにナンセンスなことか、分かるでしょう。
というか、日本に限らず、紳士的な戦争なんてこの世に存在しないのです。戦争の本質は殺し合いであることを(アタリマエのことですが)忘れてはなりません。

ドラマ版『坂雲』の再評価

ドラマ版で原作にない日本兵の悪行を描いているのは、「戦争賛美の批判をかわすため」とか「ロケをさせてもらう中国に配慮したから」という単純な理由だけでなく、歴史を少しでも正しく伝えたいという制作陣のメッセージだと思います。
特に批判の多い子規の従軍中のエピソードについても、そういった意図で挿入されたのでしょう。


原作『坂の上の雲』はたしかに不朽の名作なのですが、日本の戦争悪を意図的に排除して書かれている部分がありますので、あれを歴史的事実として鵜呑みにするのは非常に危険です。
むしろ、そういった要素を入れたがために批判が絶えないドラマ版の方が、原作より『坂の上の雲』らしいと感じられ、僕は非常に評価しています。





軍部内には「この機に、北京まで攻め入り清を滅ぼしてしまうべきだ!」という意見も出たのですが、冬季で半分凍っている渤海を渡って北京まで上陸するリスクが大きすぎることや、万が一成功したとしても、清を滅ぼしてしまったら賠償金を取れる相手がいなくなる。だから、清はあえて生かしておくべきだ、ということで、山東半島の端にある威海衛で清の北洋艦隊を殲滅させる作戦に切り替えます。

この判断を最終的に下したのは、あの伊藤博文です。
賠償金のことまで考えているとは、さすがに高度な政治判断を行いますね。
稀代の政治家と言わざるを得ません。


________________________________________________________

その後、簡単に。


下関条約の締結

戦勝国の日本は、清に対し

○遼東半島を日本の統治下におくこと
○台湾を日本の統治下におくこと
○賠償金3億テール(当時の日本の国家予算の3倍以上)を支払うこと


を柱とする講和条約を清に結ばせます。
しかしそこに


三国干渉

ロシアを中心とする列強の干渉により、日本は遼東半島を手放します。

ここで少し補足を。

日本が遼東半島まで戦火を広げ、その領土を自分のものにしようとしたのは、当時からすれば後ろめたいことでも何でもなく、ごく当然のことだったのです。つまり、日本は欧米列強のマネをしただけだけなのです。
イギリス・フランス・ロシア・ドイツなどは清の領土をいちゃもんをつけてはかすめ取り、その結果、この当時の清は手足をもぎ取られた状態であった。
日本もそれに見習い、清の領土を取ろうとしたのですが、場所があまりにも悪かった。
旅順および遼東半島は、いわば清の心臓部(北京周辺)に直接手が出せる位置にあり、他の列強がもぎ取った手足とはその重要性がまるで違うのです。このことに列強は警戒し、ロシアはフランス・ドイツと組んで三国干渉を行ったし、イギリスもその干渉を黙認した。
そういう事情であったことを補足しておきます。


せっかく手に入れた虎の子を手放した日本。しかし、もうひとつの領土はがめつく狙います。
台湾は列強の関心がそこまで及ばなかったのを機会として、下関条約を理由に領有しようと軍隊を派遣します。
しかしそこで、おもわぬ民衆の反対に遭うのです。


台湾平定戦

日本による征服を不服とする人たち。台湾全土がその空気につつまれていたといってもいい。
ここでも日本は、民衆に対し凄惨な虐殺を行っています。
そして台湾は、日本初の植民地となったのですが…

この日清戦争で死んだ日本兵13000人のうち8割にあたる1万人を、この台湾平定戦で失うことになります。
その大部分が、赤痢、マラリア、コレラなどの伝染病によるものでした。
日清戦争の最大の敵は、北洋艦隊でも陸戦兵士でもなく、伝染病だったというのが皮肉な気もします。




(主な参考資料)
『坂の上の雲』歴史紀行 (JTBのMOOK)
日清戦争―東アジア近代史の転換点 (岩波新書 青版 880)
NHK高校講座・日本史「日清戦争」


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