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歴史秘話ヒストリア「坂龍・中慎コンビ」感想


サブタイトルは

さらば相棒 龍馬と死んだ男
~坂本龍馬と中岡慎太郎~


ということで、今回は、



幕末の相棒70

「坂本龍馬」と「中岡慎太郎」



ご存知の通り、薩長同盟を結ばせた立役者。
同じく土佐藩出身。
近江屋で凶刃に倒れたふたり。
「龍馬伝」のラストを悲しくも飾るふたりが、今日の主人公です。




番組であったこんな言い方、goodだと思いませんか?

海の龍馬と、山の中岡


どこがどう海なんだとか、山なんだとか、そういう細かい話でなくて、あくまでイメージです。
おおらかな考え方、自由が振る舞いが、『海』、坂本龍馬。
厳格な考え方、安心感を与える振る舞いが、『山』、中岡慎太郎。



このふたり、比較してみると本当におもしろい。


たとえば、柿を出されたときの食べ方ひとつでも違いが分かる。

武市半平太の妻・富によると、

「柿を出したとき、中岡さんは行儀よく『いただきます』『ごちそうにあずかりました』と食べたが、坂本さんは何も言わずガブリとかじりつき、種をぺっぺと出して食べていた」


中岡の柿 龍馬の柿



なるほど。



次は、同じく土佐出身の板垣退助(当時の乾退助)が明治維新後、ふたりを評した言葉。

板垣退助

「中岡慎太郎は、もし生きていれば、西郷隆盛や木戸孝允と肩を並べる政治家になっていただろう」
「坂本龍馬は、もし生きていれば、岩崎弥太郎のように、実業家方面に発展していたはずだ」



言い得て妙ですよね。
ちなみに、評した本人である板垣退助は、明治新政府の官僚として一度は出仕するものの、下野したのちは自由民権運動の旗手として演説の生涯を送ります。




ラストのエピソードは、徳川慶喜の扱いを巡っての考え方の対立と、それでも切っても切れない生涯の相棒であったふたりの絆の強さが描かれます。

龍馬は、暗殺される数日前に友人にこう語っていたそうです。

「吾れ中岡と事を謀る。
 往々にして、論旨相合わざるを憂う。
 しかれども、中岡と相謀らざれば、また他に謀るべき者なし」



最後のエピソードは、本当に悲しくなりました。
再放送もありますので、ご興味のある方はホームページ等でご確認下さい。



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