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海援隊始動!


第41回幻のタイトル。
高杉晋作に負けてしまい、すこし可哀想だったので、今回のブログ記事のタイトルにもってきました。
タイトル通り、今回は「海援隊」について。
昨日ガッツリした内容でしたので、今日はライトにいきますリラックマ42「足をバタバタ」



海援隊始動
※この「海援隊」の字は力強くていいですよね。




(1)旗のうんちく


海援隊旗

ドラマでも高々と掲げられていた、赤白赤の旗。
「二曳(にびき)」と呼ばれていたそうです。
どこかの国の国旗に似たようなのがあったかも…と調べてみると、オーストリア国旗と同じでした。
皆さんも調べてみて下さい。
「オーストラリア」ではありませんので、あしからず…リラックマ32「…」


由来はこちら。
山内家家紋
「白黒一文字」と言われている、土佐山内家の家紋です。
これを上のように変えるのですから、なかなかセンスありますよねリラックマ43「ひらめき」



ちなみに、こちらは平成の海援隊(?)

softbankマーク

さすがは龍馬ファンを自認する孫正義さん。
ちゃっかり真似ちゃってます。
実は、ソフトバンクのリクルートにもご丁寧に説明が載っています。



蛇足ですが…
土佐山内家には、もうひとつの家紋があります。

丸に三つ柏

「丸に三つ柏」の家紋ですね。
海援隊の旗と一緒に、土佐藩の旗印として、海援隊の船に掲げられていました。

のちに三菱グループの創業者になる岩崎弥太郎は、三菱ブランドのロゴマークに取り入れています。

三菱ロゴマーク

岩崎家の家紋「三階菱」と土佐山内家の家紋を合体させたのですね。
岩崎弥太郎にとって、海援隊の存在が彼の中でいかに大きかったのかを物語っています。
これも三菱電機・会社概要の中で紹介されています。




(2)オレたちゃ脱藩組

「海援隊約規」の最初に、このような宣言がなされます。
※読みやすくするため、漢字・仮名は現代風に改めてあります

「おおよそかつて、本藩を脱する者、また他藩を脱する者、海外の志ある者、この隊に入る」

「本藩」とは土佐藩、「他藩」とは土佐藩以外のことです。
土佐藩の全面的な支援で生まれた海援隊が、「藩を脱する者」つまり脱藩者を積極的に受け入れることが宣言されています。
そのあとの文章「海外の志ある者」と合わせて読むと、まるで脱藩者こそ志の高いものの証である、といった印象すら受けますね。
ちなみに当時の出身藩は、土佐12名・越前6名・越後2名・水戸1名・紀伊1名。
隊長の坂本龍馬が2回も脱藩した人間ですし、いわば脱藩者の集団です。

「オレたちゃ脱藩組サァ~」

そんな声が聞こえてきそうです。
土佐藩とは独立する組織とはいえ、よくこんなの許したよね、容堂さんも。



もうひとつ大切なのは、

「隊中のこと、一切、隊長の処分に任す」

隊について、隊員が隊長の許可なく一切を進められないのと同時に、土佐藩も口出ししない。
隊長である坂本龍馬が全権を任されているのです。

龍馬にとっては、その直前の亀山社中の状況がひどかった分、天にも昇った気分だったでしょう。
龍馬は姉・乙女宛ての手紙でこの時の心境を語っていますが、「後藤」を「藤藤」と書き間違えているのです。
それくらい、嬉しかったということでしょうリラックマ27「上昇」




(3)儲けてなんぼ

「海援隊約規」には、次のようにあります。

「運輸、射利、開拓、投機、本藩の応援を為すをもって本とす」


画期的なのは「射利(しゃり)」つまり「お金儲け」を目的としていることリラックマ41「うっしっし」

これはれっきとした会社そのものです。
「運輸、開拓、投機(投資)」はそのための手段ということでしょう。

最後にあるのが「本藩の応援」つまり土佐藩の支援をする(海上から支援をするから「海援隊」です)ということですが、これは、土佐藩の全面的なバックアップを得ている以上、この項目は(かたちの上だけでも)入れなきゃマズイでしょうね。




(4)海援隊スクール

海援隊の隊士になった者は、さまざまなことを学ぶことができた。
今の言葉で言うと、法律、経済、経営…そして、航海術、砲術、蒸気機関、語学、といったたぐいです。
「海援隊日史」を見ると、テーマごとにキチンと部門が設けられていたことが分かります。
これは、神戸海軍操練所からの流れでしょうが…
海援隊に入ると、運輸・貿易業に従事するためのさまざまなことを勉強することができたリラックマ40「勉強」

さながら、現代の専門学校のようです。




以上、海援隊について。
当時としては異色の存在であったことがよく分かると思います。
それだけに、この異端のグループをまとめることができた唯一人の存在・坂本龍馬がこの数ヶ月後にいなくなってしまうのは、何とも惜しいですね。。。


(主な参考資料)
坂本龍馬と海援隊―日本を変えた男のビジネス魂 (講談社文庫)


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